第149話

非日常⑦
2,687
2019/04/29 13:36


 夢の中で私は泣いていた。
 二週間という眠りから目覚めるまで、私は夢を見ていた。
 黒い海の底でただよう私。何も見えない。真っ暗な暗闇の中を、私はただ浮遊していた。時々、だれかが呼ぶ声がした。
 けれど、それはごく微かで、よく聞き取れない。耳を澄ましてみるけれど、その時には声は止んでいる。
 私は、ただボンヤリとしていた。意識はあるけれど、だからと言ってなにかを考えようとはしなかった。
 ここがどこなのか、夢の中のどこにいるのか、果たしてほんとうに夢の中なのか、そう言った疑問に思うべきもろもろの事柄はたくさんあったのに、なにも感じなかった。
 長い間私は夢を見ていたけれど、決して心地よくはなかった。かといって、苦痛でもなかった。不安でもなかった。
 まるで、感情をまるごと抜き取られたように、意識がそこにあるだけだった。
 黒い海の底は、どこまでいっても闇がつづいていた。私は、流されるまま流れつづけた。いや、そもそも流れていなかったかもしれない。私は、長い間そうしていた。
 このまま、消えてなくなるかもしれない。それでも、いいと思っていた。
 けれど、あるとき急に苦しくなった。身体をぎゅうぎゅうと締めつけられたような感覚がした。わけがわからなくて、顔をしかめた。
 すると、今度は頬に冷たいものが触れた。目の前にはなにもない。こわい、と思った。初めて、ここから抜け出したい、と思った。私は真っ暗な暗闇に手を伸ばした。


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