「あなたのことなんてどうでもいいわ」
ふい、と視線を横に向ける桜子。私は、ドアのほうに数歩後ずさりした。ポケットに手を入れ、携帯を取り出す。
ーーだいじょうぶ。この距離だったら桜子が止めようとしても……。
「桜子。あなたはもう終わりよ」
110番を押した。
「それは私のセリフ」
「え」
瞬間、頭に衝撃が走った。グラリと身体が落ちていく。
後ろから手が伸びてきて、携帯を取られた。薄れゆく意識のなか、振り返る。
私を見下ろすようにして立つ人影。それは、何度か見たことのある使用人だった。
私の携帯を操作すると、彼が呟いた。
「発信を止めました」
「よくやったわ。ーー杏奈さん、そういうことであなたはもう終わり」
「そんな……ユウ……」
薄れゆく意識の中、桜子のけたたましい笑い声が反響していた。
ユウ。あなたはとんでもない人に愛されてしまったね。警察には言わないと言うあなた。そのあなたの優しさが、今は憎い。
不快さにまみれながら、私の意識は腐海の底へ沈んでいった。
絶望の先にあるものはーー。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!