第111話

分岐点⑤
3,712
2019/04/17 12:15


 陽がわずかにかたむいた。
「そろそろ戻ろうか」
 ユウが言った。
「うん……そうだね」
 私は目を伏せた。車椅子にユウが手をかけた。背を向けてゆっくりと進みはじめる。
 私は座っていた。座ったまま自分の手を見つめた。ユウとの距離がひらいていく。
 穏やかな日常。こんな日々を過ごせるのはいつまで? いつ、終わる?
 ここ数日、ユウのようすがおかしい。笑っているけれど、心の底から笑っていない。
 私が気づいていないとでも思っているのだろうか。それは大きな間違いだ。
 私は気づいている。ちゃんとわかっている。だからーー。
「杏奈?」
 ユウの声。彼がようやく気づいた。視界の端で、キョトンとするユウ。私は視線を落としたまま立ち上がった。
 キラキラと陽の光を受けて輝く彼の目。あなたの瞳に私が映る。その中で、溺れるように揺らめく私の姿。
 待っていたのに、ユウは言ってくれなかった。あの夜からたったの一度も。好きだよ、とーー。
 ーー……。
 咆哮。
 だだっ広いこの空間に響き渡る、私の声。


 わめくように
 
 うめくように泣叫ぶ。




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