家に帰ってから、なにもする気になれなかった。ぼんやりとソファーに腰掛けていた。
ジムで、浩太から衝撃の事実を知ってしまった。杏奈がお見合いをする。信じられなかった。……ショックだった。
杏奈は、美人だ。相手は必ず彼女のことを気にいるだろう。どうにかして好かれようと、必死で頑張るに違いない。プレゼントをあげるかもしれない。優しい言葉で彼女に好かれようとするかもしれない。
杏奈は……それを……受け入れるかもしれない。
僕はなにもできない。僕は、杏奈にとってただの知り合い。なにも、言えない。最悪の結果を、見届けるしかできない。
……あぁ、なんてことだ。
「恋人の僕が、引き止められないなんて……情けないな」
頭に手を持っていくと、見上げるようにしてククッと笑った。ふと、そばにあるワインセラーを見た。
「…………。ワイン……杏奈と……よく飲んだな」
ここずっとお酒は飲んでいない。飲む気にもなれなかった。
「…………今日くらいは……」
僕はゆっくりと立ち上がると、ワインセラーに手を伸ばした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!