第160話

軌跡①
2,669
2019/05/02 12:12


 杏奈が家へ来た。来てくれないかもしれない、と思っていたので、インターホンの音を聞いたとき、胸を撫でおろした。
 先週、
『よかったら、家にコーヒーを飲みにこない?』
 勇気を出して言って、ほんとうによかった。
「おじゃまします」
 そう言って、杏奈は僕の家に足を踏み入れた。彼女が、僕に家に来たのは事故以来。つまり三ヶ月半ぶりだった。彼女が僕の家にいる。それが、たまらなく嬉しかった。
 僕は、キッチンに立った。久しぶりに、ふたりぶんのコーヒーを淹れた。おいしい、と言ってくれるだろうか。
 期待とすこしの不安を抱きながら、彼女のもとへ行った。杏奈は、ソファーへうつ伏せになっていた。一体どうしたことだろう。しかも、なにやら独り言を言っている。
「ぁ、……いぃ、……すごく………いぃ」
 なにがいいのか、さっぱりわからない。
「杏奈ちゃん?」
 呼びかけてみた。彼女は僕を見て、気まずそうに起き上がった。
「ごめんなさい。つい」
「ついって……眠かったの?」
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど。なんとなく横になりたくなってしまって。ごめんなさい」
「あはは、なにそれ」

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