──幸せすぎる。
マジカルランドに行ったあの日から、幸せすぎて罪も辛いことも思い出すことができない。
でも、今日はいよいよ実行日だ。
さぁ、愛に溺れたわたしと愛されすぎた真雪ちゃんの華麗なるショーの開演だ。
──放課後。
わたしは真雪ちゃんを解放されている学校の屋上に呼び出した。
屋上フェンスはあるものの、すぐに飛び越えられてしまうような高さだ。この学校では特にこれまで問題も引き起こさなかったため、こういう配慮がないのだろう。
すると、屋上のドアが開いた。──真雪ちゃんだ。
頬は火照り、脈拍は速さを増していく。
好きのシグナル。
「さざれちゃーん!」
真雪ちゃんはわたしに駆け寄る。
「......真雪ちゃん」
わたしはやってみたかったのだ。一度。
──真雪ちゃんの唇に、わたしの唇が触れる。
「んむっ...!」
やわらかい。愛おしい。
甘い。甘いよ。溶かされちゃう。
「......っ」
周りがどうなっているかとか、そんなのはもうどうでもよくなるくらいに。
好き。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。
すると、真雪ちゃんが唇から離れていく。
「...ぷはっ.........ど、どうしたのさざれちゃん!!!」
真雪ちゃんはこれまでにないくらい真っ赤な顔をして。口元を手で覆っていた。
まだ感触が残っているような気がする。いつになっても覚めない夢を見ているような気もする。
わたしはすうっと呼吸をして。
「好きです」
一言だけ伝えた。
「......ぇ、わ、私のことが? ...私なんか...好きになっちゃダメだよ...」
真雪ちゃんは同情するような笑みで。
「......ありがとう、私のことを好きでいてくれて」
この笑顔は、一体どんな意味を含んでいるのだろう。わたしには一生理解できない。
「...でももう、わたしは真雪ちゃんの返事はいいんだ。返事がどうであれ、わたしの愛は不変だし。それに、わたしたちは旅立つんだから。」
わたしは目を閉じ、夢を語る。
「結局ね、わたしは強くて幸せすぎたの。だからこの世界は汚れたものだと思ってしまう。でも半分は事実でしょ? だから、旅立つの。」
閉じていた目をゆっくりと開けて。
わたしの愛の全てを吐き出すように。
「真雪ちゃんと一緒に、汚れのない、どこか遠くへ」
わたしは真雪ちゃんに背を向ける。
「人間はいずれ死ぬ。そんな中、真雪ちゃんはわたしに深い愛を教えてくれたんだよ。だから、精一杯お返しをしなきゃ。」
「な、何言ってるの、さざれちゃん......」
真雪ちゃんは一歩下がる。
──わたしの味方でいてくれるんじゃなかったっけ?
「さぁ、この屋上から、二人で飛び立つんだよ。」
「やめて、正気に戻って、さざれちゃん! さざれちゃんは、そんなこと言わない! そんなことしない! 今のあなたは、さざれちゃんじゃない!」
──わたしを否定するのかな?
くるりと向き返し、真雪ちゃんと向き合う。
そして強く真雪ちゃんの手を引っ張った。
「やっ、やだぁ......死にたくないよ......!!」
真雪ちゃんは涙ぐむ。その姿がとても愛おしい。
「わたしは邪魔者を殺してきた。でもね、愛する人のことも殺しちゃうんだよ、わたし」
フェンスを飛び越え、真雪ちゃんも無理やりこっちへ連れてこさせる。
眼下には、いつも通り"日常"を過ごす人々と施設が広がる。
「さ、もう電車は来てるよ。」
「やめてっ!!!」
「真雪ちゃん、今から飛び立つよ。」
足を踏み外し、宙を舞う。真雪ちゃんも、手を離さずに一緒に。
共に死のう。無理心中だ。
でも、これは罪なんかじゃない。ただの旅だ。
全てがスローモーションになって見える。
──さあ。
死よ、わたしたちを迎え入れなさい。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!