あちこちから、ワイワイと楽しそうな声がする。
ペンキを片手に看板づくりに励む生徒や、教室の飾り付けを楽しむ生徒、体育館でバンドのリハーサルをする生徒や、屋台の準備に忙しく走り回る生徒。
ついに明日は高校生になって初めての文化祭!
準備期間ですら楽しくて、中学の頃よりずっと自由で、みんなキラキラしていて。
こんなにもワクワクする行事だなんて、準備を始めた頃は思ってもみなかった。
少し寂しそうな顔をする叶多くんを見ていると、私まで寂しくなってくる。
だけど、せっかく叶多くんと過ごせる幸せな時間なんだから……と。しんみりした空気を吹き飛ばしたくて、私はわざと明るい声を出した。
付き合ってるのに、一々聞くのっておかしいのかな?なんて、聞いてからソワソワする私を見て、叶多くんがフッと小さく笑う。
叶多くんってば、本当にずるい。
簡単に私をキュンとさせて、真っ赤にさせちゃうくせに、自分は余裕な顔で笑ってるんだから。
でも……悔しいくらい、かっこいいな。
私もいつか、叶多くんにドキってしてもらえるように頑張らなくちゃ。
〜文化祭当日〜
ピンク色のうさぎさんの着ぐるみは、胸の辺りに黄色の蝶ネクタイを付けて、片手に色とりどりの風船を持っている。
小さい子ども向けなのかな?と思いながらも、風船欲しいな〜……なんて。私の中の子ども心が騒ぎ出す。
叶多くんの言葉に目を輝かせれば、叶多くんが顔を引きつらせたのが分かった。
昔からヨーヨー釣りとか、射的とか、輪投げとか大好きで、縁日なんて聞くとテンションが上がってしまう。
少し渋っている様子の叶多くんに、”お願い”と胸の前で手をスリスリと合わせてみる。
そう言いながら私から離れて、数歩歩き出した叶多くんを不思議に思いながら目で追えば……。
うさぎの着ぐるみを大きな声で呼んだ。
……佐藤先輩って、貴也って言うんだ。叶多くんが佐藤先輩のこと呼んでるの初めて聞いたかもしれない。
恥ずかしそうにジタバタしているうさぎさんを見て、思わず口元が緩む。
中身は完全に佐藤先輩だ。
嘘……!ば、バレてた!?
口には出てないはずなのに、顔に思いっきり出てたのかな?……うわ、超恥ずかしい!!
だけど、そういうちょっとした事に気づいてくれる叶多くんが好きだな。
「何色にする?」と手に持ってる全部の風船を差し出してくれた佐藤先輩から、赤い風船を1つ受け取った。
手を繋いで歩き出した私たちを見て、うさぎさん姿の佐藤先輩が嬉しそうに笑うから、私たちもつられて笑う。
叶多くんに距離を感じるって言われて、少しずつ敬語を使わない練習をしたんだ。
ずっと憧れてた叶多くんが私の彼氏だなんて、私だって未だに信じられないくらいだ。
〜叶多のクラス〜
スーパーボールすくい、ヨーヨー釣りにお菓子釣り、射的、輪投げ、ボール投げ。
けして広くない教室に、ギュッギュッと詰まった華やかな縁日に目を輝かせながら、叶多くんの腕を引っ張る。
〜20分後〜
あれから、ヨーヨー釣り、輪投げ、ボール投げ、スーパーボールすくいをした私たち。
2勝2杯の引き分け。
私と一緒に縁日を回る叶多くんを、叶多くんのクラスメイトたちが冷やかして、叶多くんは赤くなったり青くなったり。
なんだか、珍しいものを見せてもらった気分。
みんなから一斉に冷やかしを受けて余裕をなくしても、きちんと私を『彼女』だと肯定してくれたのが嬉しかった。
叶多くんの言葉に嬉しさを噛み締めていた私は、すぐ後ろから聞こえてきた声に振り向く。
そこにいたのは、吉沢と仲の良い同じクラスの男子数名。
橋本くんと山田くんに、グイッと距離を詰められてオドオドする。
さっきまで冷やかされてる叶多くんを見ているだけだったけど、いざ自分の番が来ると恥ずかしくて言葉が出てこないよ。
……今絶対、顔赤いよ〜!!
『彼氏』と、叶多くんを紹介するのがこんなにも緊張することだったなんて……知らなかった。
咄嗟に、隣の叶多くんが私の手をギュッと強く握り締めて、少し自分へと引き寄せる。
その瞬間、身体中が沸騰したみたいに熱くなるのを感じた。
手を繋ぐ私たちを見て、橋本くんと山田くんが「まじか」と驚いている。そして、何かを察したらしい。
私の言葉に、叶多くんは満足気に笑う。
同時に橋本くんと山田くんは『やっぱり』って顔で項垂れている……。
不思議に思いながらも「次、行くか」と私の手を引く叶多くんに頷いて、3人に軽く手を振った。
教室を出る寸前、叶多くんが3人を振り返ったけれど、またすぐに歩き出す。
ギュッと恋人繋ぎで握り直されて、カァッと頬が火照る。
よそ見なんてできるわけない。
こんなにも私の中は四六時中、叶多くんでいっぱいなんだから。
人前では、あまりベタベタしたがらないクールな叶多くんが、今日は自分から手を繋いでくれた。
恥ずかしいけど、嬉しくて。
幸せすぎて、苦しくて。
きっとこれが、文化祭マジックとか言うやつなのかもしれない……なんて思った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。