先輩と、初めて喧嘩をした。
先輩に渡せなかったカップケーキを見つめながら、自分の部屋で「はぁ」と大きくため息をつく。
先輩が女の人と仲良く話してるのを見て、ヤキモチ妬いちゃったことを
放課後、たまたま教室に残っていた吉沢に相談したのが事の発端だ。
吉沢は男子の中では割と仲の良い方で、いつもバカやってるけど、根はしっかり者で、いざって時はすごく頼りになる。
今日も、落ち込んでる私を笑わせて励ましてくれた。
それなのに、先輩ってば……。
でも、この期に及んでもし先輩が吉沢と私のことを誤解してヤキモチ妬いてくれたんだとしたら……嬉しいな、なんて。
どこまでも、どこまでも。
私は結局、先輩が大好き。
それに、先輩が忙しい時期に無理やり付き合ってもらってるのに、先輩が来たことに気付かずに吉沢と話してた私も悪い。
そりゃ先輩もイライラしちゃうよなぁ。
ただでも、先輩が通ってる塾って難易度高くて、普段から課題も多くて大変だって聞くし。
塾が休みだからって、きっと、先輩はやること山ほどあるはず。
あと1つボタンを押せば、先輩に電話がかかる画面まで進んで、目をつぶる。
なんて言おうかな?とか。
もし、電話に出てくれなかったら?とか。
……考えれば考えるほど怖くなって、ボタンを押す決心が鈍る。
でも、うだうだしてても始まらない。
まずは行動しなくちゃ。
人差し指でボタンに触れようとしたとき、スマホの画面が着信画面へと切り替わって
初期設定のままの着信音が、なんとも間抜けな音を奏でながら鳴り響いた。
よからぬ事ばかりが思い浮かんでしまうけど、もし別れ話をされるなら、どうせ自分からかけたって、先輩からかかってきたって同じこと。
ゴクリと生唾を飲んで、応答ボタンをスライドした。
耳元で聞こえる、先輩の低い声。
電話で聞くと普段よりまして低く聞こえる。
初めての電話が喧嘩中なんて、夢にも思ってなかったよ。
それだけ言って、先輩から「うん」と返事があったのを確認してから通話終了へと指をスライドする。
部屋のドアを開けて、勢いよく慣れた階段を駆け降りる。靴を履いてる時間すらも惜しくて、サンダルに足を突っ込むと、
そのままの勢いで玄関のドアを押し開けた。
喧嘩中とか、もしかしたら別れ話されちゃうかも、とか。そんなのどうでもよくて。
ただ、早く……早く先輩に会いたい。
そんな気持ちが私を急かす。
先輩からの電話ですっかり忘れてたけど。
今日はもうご飯もお風呂も済ませて、あとはベッドに潜って先輩のことを考えようって思ってたから。
もちろん、スッピンで……しかも部屋着。
おまけにサンダルと来たもんだ。
最悪すぎる……!!恥ずかしくて、穴があったら入りたいってまさにこの事か。
やっぱり、別れ話しに来たの?
……いつも余裕たっぷりな先輩が、私に会いに来るだけで緊張するなんて。
きっと、話の内容が重いことだからだ。
ツン、と鼻の奥が痛くなって、次の瞬間には目頭がジーンと熱くなった。
家の前、よく見れば先輩もラフな半袖にスポーツブランドのジャージ。
先輩も部屋着なのか、と今さら気づく。
もうここまで来たら、私は先輩の話をしっかり聞いて、受け止めることしか出来ない。
そう思って覚悟を決めたはずなのに……
俯いていた顔を上げて先輩を真っ直ぐ見れば、堪えていたはずの涙がツーッと頬を伝う感覚。
ポツリポツリ呟く先輩の言葉を、ひとつも聞き逃さないように耳を澄ます。
……先輩の言葉が、全部私の都合のいいように聞こえて、これは夢なんじゃないかって思う。
だって、あの先輩が『妬いた』って。
私のことになると『余裕ない』って。
そんなの、嬉しくないはずない。
月明かりの中、近くにある街灯だけがぼんやり私たちを照らして。
強く、だけど優しく私を見つめる先輩の瞳に私が映る。
先輩も私のこと……好き?
自分の都合のいい幻聴かと思った。
だけど、夢にしてはあまりにリアルな先輩に、どうしようもなく胸が高鳴る。
……嬉しい、そんな気持ちが後からついてきて、現実なんだって理解した瞬間、喜びが涙に変わった。
お互いが照れ笑いしながら見つめ合う。
叶多くんと過ごすこの時間が、どうかこの先もずっとずっと続いていきますように。
こうして私と先輩……、じゃなくて叶多くんは、改めて彼氏と彼女になれた。
この先の未来を、叶多くんと2人で笑って過ごしていけますように。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。