リビングを行ったり来たりしながら、祈るようにスマホを両手で握りしめる。
3月2日。
今日は、叶多くんの合格発表の日。
今日は日曜日で、学校は休み。
叶多くんから連絡が来るのを今か今かと待ちながら、時計を確認する。
……って、さっき見た時からまだ5分も経ってないよ。
もうとっくに合格発表が行われる10時を過ぎたのに……叶多くん、遅いなぁ。
もしかしてダメだった?……?
なんて、家の中にいるとジメジメとしたマイナスな気持ちが湧いてきて、私は慌ててお日様を浴びるべく外に飛び出した。
太陽を浴びながら大きく深呼吸する。
鼻を抜ける空気は、もうすっかり春の匂いで、新しい季節の訪れを嬉しく思う反面、別れの季節がやって来たなぁと同時に寂しさがくすぶる。
家の中にいる時よりも気持ちが穏やかになったような気がして、ホッ胸を撫で下ろした瞬間───。
突然震え出したスマホの液晶画面に【叶多くん】の文字を確認して、あっという間に心拍数上がった私は、慌てて通話ボタンを押す。
言葉を詰まらせた叶多くんに、一瞬息が詰まったみたいな感覚に襲われた。
受話器の向こうから聞こえる叶多くんの声とは別に、すぐそばで叶多くんの声がしたような気がして。
その声につられて顔を上げれば───。
家の前に、はにかむように笑う叶多くんがいた。
焦らされて、焦らされて。
やっと知りたかった答えを聞けた私は、嬉しさが溢れて、どうしようもない幸福感に満たされる。
安心したような叶多くんの顔に、じわりと涙が滲むのを感じながら、
叶多くんの腕の中に飛び込んだ。
ギュッと抱きしめ返してくれる叶多くんの腕に包まれながら、ついに明日、一足先に卒業してしまう叶多くんを想うと切なく胸が軋む。
だけど、叶多くんとならこの先何があっても大丈夫って思える。この気持ちに嘘はないから……。
───明日は笑顔で見送るんだ。
〜卒業式 当日〜
担任の先生に名前を呼ばれて、立派に返事をした叶多くんがゆっくりと登壇する。
その姿を在校生として見守る私は、叶多くんとの今までを思い出していた。
ただ遠くからひっそり見つめるだけの憧れの存在から、いつの間にか好きな人になって……。
勢い任せに告白して、ずっと片想いをしていた”先輩”が”彼氏”になった。
高校生になったばかりで、背伸びばかりしている私に、叶多くんは色んな気持ちを教えてくれた。
愛おしさも、切なさも。
思えば、いつだって叶多くんにもらったものだった。
ポツリ、小さく呟いていつの間にか頬を伝っていた涙をブレザーの袖で拭った。
〜卒業式の後〜
校舎横の桜の木から花びらが舞い散る。
寄せ書きをし合う生徒の群れや、別れを惜しみ涙する先生、好きな先輩のボタンをねだる在校生……。
本当にたくさんの人で溢れている。
よく知った優しい声に名前を呼ばれて振り向けば、穏やかに微笑んだ叶多くんが立っていた。
真っ直ぐ私を見据える叶多くんの顔が、なんだかいつもより少しだけ大人っぽく感じるのは、今日が卒業式だからかな?
その姿を見ただけで、止まったはずの涙がどんどん溢れ出していく。
明日からは、この学校のどこをどんなに探したって叶多くんはいない。
仕方ないことだって分かってるのに、どうしようもない寂しさに襲われて、涙は止まることを知らない。
ポンポン、と優しく頭を撫でる手。こんなことされたら、余計涙が止まらなくなる。
そう言って、眉毛を下げた叶多くんに胸がギュッと締め付けられる。
叶多くんも、同じ気持ちでいてくれてるんだ!……そう思うだけで、強くなれる気がする。
真剣な顔で、いつになくよく喋る叶多くん。
その言葉が素直に嬉しくて、私は何度も大きく頷いた。だけど、すぐに思い直して仏頂面を作る。
”よそ見しないでね”
不安なことや、心配なことは山ほど見つかって、そんなワガママな言葉が喉まで出かけて……、後一歩のところで声にならなかった。
───それでも。
私の不安を感じ取って、こうして先回りして不安の塊を溶かそうとしてくれる叶多くんの優しさに、涙の量が増す。
不器用な言葉だけど、私のことを大事に想ってくれているのがちゃんと伝わってくるから。
優しく笑う叶多くんが、冗談めかしてそんなこと言うから涙に邪魔されながらも「しないよ」と首を振る。
正確には「しない」じゃなくて「できない」んだけど。……だって、叶多くんしか見えないんだから。
───グイッ
少し強引に私を抱き寄せて、強く強く抱きしめる叶多くん。
叶多くんの言葉の意味を理解した瞬間、どうしようもない好きが一気に溢れ出して、もう自分じゃこの感情を止められそうにない。
どう頑張ったって埋まらない。
私と叶多くんの年の差は今も、過去も、これからもずっと変わらないから。
───だけど、
叶多くんは、私だけを待っててくれて、
私は、叶多くんだけを追いかける。
私たちはいつだって、お互いを思い合って、手を繋げる距離にいるんだ。
フッ、と鼻で笑って私の反応を楽しんでいるらしい叶多くんの言葉に驚いて、ピタッと涙が止まってしまった私は単純以外の何者でもない。
……っは!ここは、あのまま泣き続けてキスしてもらうのが正解だったんじゃ……?
なんて、1人考えていた私に聞こえたのは、
意地悪な囁き。
唇に柔らかな感触がしたとたん、叶多くんの匂いが鼻をくすぐった。
春夏秋冬。
新しい季節の訪れを、この先もずっと叶多くんと一緒に喜び合いたいと思うから。
叶多くん。
こんな私を、これからもずーっとよろしくね!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!