第81話

💙🩷「レンズ」
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2026/05/02 10:00 更新




随分とまあ分厚いフィルターが俺に対して彼にはかかっているらしい。


それはもうキラッキラの、原型がほぼ残ってないような強力なやつ。


そうじゃなきゃいい歳した成人男性の寝起き姿を見た一声が「かわいい」、なんておかしいだろう。


正気じゃない。間違いなく彼は重症だ。





アラームを設定せずに気が済むまで寝て、起きた頃にはまろはもう隣にいなかった。


リビングから僅かに物音がするのに気づくと誘われるように重たい身体を起こして寝室を後にする。


リビングに繋がるドアを開ければ、当然寝室より光が強いのでただでさえ開けていない瞼に更に皺がよる。


まろは真剣な表情で小難しそうな本を開いていた。


一緒にいるとニコニコと口角を破綻させた顔がデフォルトだから珍しい。


ちょっともう少しこのまま普段目にすることのできない彼の姿を見つめていたい、なんてあまりらしくないことが回らない頭の中で過ぎる。


俺の足音に気づいたまろがソファに座ったままそんな俺を見上げた。








ぱち、と目が合う。







途端に何も考えず彼の前に姿を表した自分の過ちに気づいた。


反射的に数歩後退りする。


紆余曲折あり付き合い始めて約2ヶ月。


昨日、ついに俺はまろと寝た。


その、えっと、………ね?


あれは。…まあ、それをね、目の前にいる彼と迎えたわけ。








……思い出すな思い出すな思い出すな。


昨日の夜の醜態を朝から処理できるはずがない。


それよりも今は…こんな気の抜けた格好で最悪なコンディションの顔を彼に晒したことに肝が冷えた。


先に洗面所で小綺麗に整えれば良かった。


ミスった、これ。


もしかすると口元に涎の跡とか。


いやまず髭面か。


こういう時に限って瞼は重いし。


せめてマスクしとけばよかった。


あーあ、こんなの百年の恋も冷めるだろうな。










もうざっと5年以上の付き合いがあるから何度もこのような姿は見せたことがある。


別にまろが見た目で俺を選んだとは思っていない。が、それでも気にするだろう。


恋人になったからには訳が違う。


やっぱり無理かもと幻滅されたかもしれない。


震えてきた身体に力を入れてなんとか耐える。







黙っていたまろの口がゆっくり動いた。


何を、言われるのだろう。














l
かわいい
N
ごめん、すぐ顔洗ってくる……って、は?
l
ふふ、可愛い
N
……なに?まろ、どこ見てんの今?
l
どこってないこさんですよ?
N
……えぇ、おれぇ?か、かわいい?
l
うん、貴方しかいないでしょ




先程までとは打って変わって、本を閉じると、これでもかと頬を綻ばせながら、そこ寒いやろ、隣座りなよと手招きされる。


理解できない物を見つめる俺の視線がえらくツボにハマったのか絶妙に距離をとりながら腰掛けた俺を見て、かわいすぎるね、これは、とまろは吹き出すように笑い崩れた。




N
よく出るよね、そんな感想
N
どこがなんだよ




こっちは浮腫んで、寝癖だってどうせすごいことになっていて、髭面、よれよれの部屋着だ。


それをなんの意識もしてません、という顔で躊躇うことなく晒す始末。


片やまろは昨日の部屋着からきちんと着替えて、髪もサラサラ、爽やかな香水の香りまで漂っている。


何この落差。


少なくともがっかりするだろ、普通。







びっくりするように一瞬目を見開いた後、当たり前に距離を詰めて俺の肩に寄りかかりながらまろが言った。


おふざけなしの本気のトーンで。





l
全部
N
……パピュウ!?
l
ないこさん、貴方は本当に可愛いんだから自覚を持っていただきたい


今さっきのはほとけみたいでちょっと複雑、と俺に顔を向けながらまろがゲラゲラと笑っている。



N
持てるわけないでしょ
l
寝起きの顔も好きだし、ぼーとしてて何も考えてないんだろうなって顔も好き
l
なんか今日は弱そうなところも好き


弱そうって、おい。




l
昨日の余韻が残ってそうな感じも、かわいい
N
わおわお、やめて、それ以上言うな!




思わず身近にあったクッションを投げた。


見事に顔に的中したが、全然効いていない。


嫌がるどころか目尻の下がった顔が俺を愛おしげに見つめている。


言葉に嘘偽りないことは明らかだった。





N
……病院連れて行こうかな
l
え、なんで??
N
目、いやこれは脳とかかな……
l
ほんと、どうして周りからもずっっと愛されてんのにそんな自己評価低くいれるのか不思議やわ


でも、これは愛し甲斐がありますなぁと呟きながらまろが俺の前髪を撫でる。


本当に意味がわからないのはお前だよ。


気づけば後頭部まで手が伸びてきて、一瞬ゆすいでない口だからと抵抗したがあっという間に唇を奪われる。


冴えてきたはずの頭がまたまろのせいで鈍っていく。


腕の中で彼の心臓の動きを感じた。


ちゃんと俺と同じくらいドキドキしていて嬉しかった。


勘付いたのか照れくさそうに眉を顰める。


安心して気を抜いたら涙が出そうだ。








ほっとした。良かった。
幻滅されるのは免れた。


数分前までの俺に朗報だ。


どうやらまろは、どんな俺でも変わらず好いてくれるらしい。


想像していた以上に彼の瞳に映る俺は現実の俺とかけ離れているようだ。


それほど、俺の恋人は俺のことが好きなんだって。





俺を客観視できない呪いのレンズ。


それがこの先ずっと外れないかもしれないなんて、心底お前は可哀想な奴だ。


そんなお前を歯痒くも愛おしく思う俺もまた随分と重症だと思う。末期だ末期。
手の施しようがありません。御愁傷様。


まあ、そんなんだから責任もって最後まで看取ってくるんでしょ?まろ。











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