体があつい、苦しい、助けて。
目を力いっぱい開いた。忘れていた感情が私の中から溢れでてくる。お母さんごめんなさい。愛してる。会いたい。悲しい。どうしてこんなにも苦しいのに満たされていくの。
そうだ。祈る度に、何かを忘れていって、忘れていることも、わからなくなって、自分の名前さえもわからなくなってしまった。
「あなたは、ちゃんと生きていたんですよ。ちゃんと愛を感じて、与えて、大切なものもあって。だから私はあなたを迎えに来たんです」
誰かを必要としたくて何かを与えないと必要とされなくて。ぐるぐるした感情を持った自分が嫌いで。だから自分以外の他人を愛したかった。必要としたかった。守りたかった。
なんだか、桜が笑っているようにみえた。
「ありがとう」
私が言うと彼女は私の体から腕を手解き、とても艶やかに微笑んだ。
きっとはじめから分かっていたんだなと思う。
「次は絶対に行くから、今度は無くならないうちに迎えに来てくれる?」
彼女はもちろん、と言うかのように私の頭に輪をのせた。
私は誰かに、何かを与えるために祈ることで記憶を落としてきていたんだ。
桜が静かに、彼女の髪に絡まった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!