クラスメイトが、私が書道部で使うために用意した墨を取り上げる。
そして躊躇なくカバンにぶちまけてくる。
誰だってバカにしていると分かる言い分を笑いながら返される。
だけど、私も笑って返すしかなかった。
いじめっ子たちの笑い声から逃げるように、汚されたカバンを抱えて教室を出る。
他の教室にいた子たちの視線が刺さる。心配はしてくれるけどそれだけ。
みんな自分が標的にされたくないんだ。気持ちは分かるから、私も何も言えない。
逃げるように書道部の部室へ向かうと、他のクラスの女子たちが廊下の端に集まっていた。
みんな楽しそうに笑っていて、目を輝かせている。
覗いてみると、その理由はすぐに分かった。
女の子たちはみんな、周りのより頭一つ背の高い男の子を中心に集まっていた。
透き通るような白い肌に、ガラスのようにキラキラした青い瞳。
黒髪は金のメッシュが入っていて、目に入る彼のほとんどが輝いて見える。
彼は最近私の高校にやってきた留学生、名前はアルシェード・エルマ・アマリア君。
みんなからはアル君と呼ばれている。
『アマリア』という国の王子様らしく、初めて来たときはテレビも来て大騒ぎだった。
今でも容姿端麗で成績優秀な王子様な時点で男女も、学年も、クラスも越えて注目の的だ。
私だって、彼はカッコいいと思うけど、だからこそ避けて通るようにしている。
なぜかって、墨で汚れたカバンと制服を見れば当たり前だ。
走って書道部の部室へ駆け込んだ。
別に今日は活動日じゃないから人はいない。
あるのは、今度文化発表会で展示するみんなの作品。
乾かすために並べてある。
でも、ここにいて、私やみんなの気持ちの詰まった書に囲まれると、心が落ち着いた。
力強く書かれた言葉が、私に力をくれる気がするんだ。
急にかけられた声に振り向くと、そこにはアル君がいた。
それもワクワクした笑顔だ。
急な登場に困惑している中、
アル君はどんどんこっちに近づいてくる。
彼は私の作品を指さして言う。
枯木逢春(こぼくほうしゅん)。
私の思ったことを形にした言葉だった。
彼はニコニコしながらメモを取る。
本当は転じた意味があるけど、
そんなことより自分の作品を褒められることが嬉しかった。
見た目は髪を染めていて、行動的かと思ってたけど、
案外文化系の人なのかもしれない。
はしゃぐアル君を見て満足していると、
急に彼が振り返った。
学校一の人気者が、いじめられっ子の私に何のようなんだろう?
しかもたまたま人気のない所。
ありえない期待がよぎって、顔が熱くなってくる。
そんなときに限ってアル君はどんどん私に近づいてくる。
すっかり舞い上がってしまったが、
彼に言われてカバンと、運ぶときに制服に移った墨のことを思い出す。
慌てて教室内の水道で落としにかかる。
彼は最後まで楽しそうにしながら、慌ただしく部室を飛び出していった。
クラスのいじめられっ子と、
学校で一番の人気者が一対一で話す。
しかもまた会う約束までしちゃった。
後で大変なことになるとは知らず、
今の私は、汚れを落としながらタオルを見て満足していた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。