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第1話

墨で汚れた灰かぶり
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2019/02/22 14:23
いじめっ子A
詩島さんごめーん、墨こぼしちゃった。許して?
クラスメイトが、私が書道部で使うために用意した墨を取り上げる。
そして躊躇なくカバンにぶちまけてくる。
詩島歩乃華
もう少し気を付けて欲しいかな……
いじめっ子A
ごめんね? 詩島さん存在感全然ないから、気が付かなかったよ
いじめっ子B
名前、歩乃華じゃなくてノロマにしたほうがいいんじゃない?
誰だってバカにしていると分かる言い分を笑いながら返される。
だけど、私も笑って返すしかなかった。
詩島歩乃華
そうだね……
いじめっ子C
まあ、地味なあんたじゃ誰も気が付かないよね。暗いしキモいし
いじめっ子たちの笑い声から逃げるように、汚されたカバンを抱えて教室を出る。
他の教室にいた子たちの視線が刺さる。心配はしてくれるけどそれだけ。
みんな自分が標的にされたくないんだ。気持ちは分かるから、私も何も言えない。
逃げるように書道部の部室へ向かうと、他のクラスの女子たちが廊下の端に集まっていた。
みんな楽しそうに笑っていて、目を輝かせている。
詩島歩乃華
何してるんだろ……あっ!
覗いてみると、その理由はすぐに分かった。
女の子たちはみんな、周りのより頭一つ背の高い男の子を中心に集まっていた。
透き通るような白い肌に、ガラスのようにキラキラした青い瞳。
黒髪は金のメッシュが入っていて、目に入る彼のほとんどが輝いて見える。
彼は最近私の高校にやってきた留学生、名前はアルシェード・エルマ・アマリア君。
みんなからはアル君と呼ばれている。
『アマリア』という国の王子様らしく、初めて来たときはテレビも来て大騒ぎだった。
今でも容姿端麗で成績優秀な王子様な時点で男女も、学年も、クラスも越えて注目の的だ。
私だって、彼はカッコいいと思うけど、だからこそ避けて通るようにしている。
なぜかって、墨で汚れたカバンと制服を見れば当たり前だ。
詩島歩乃華
変な噂なんか立てられたくないもんね……
走って書道部の部室へ駆け込んだ。
別に今日は活動日じゃないから人はいない。
あるのは、今度文化発表会で展示するみんなの作品。
乾かすために並べてある。
でも、ここにいて、私やみんなの気持ちの詰まった書に囲まれると、心が落ち着いた。
力強く書かれた言葉が、私に力をくれる気がするんだ。
詩島歩乃華
よっし、急がないと落ちなく……
アルシェード・エルマ・アマリア
失礼します!
詩島歩乃華
はい……!?
急にかけられた声に振り向くと、そこにはアル君がいた。
それもワクワクした笑顔だ。
アルシェード・エルマ・アマリア
ここ、もしかして書道部ですか!?
詩島歩乃華
そう、ですけど……
急な登場に困惑している中、
アル君はどんどんこっちに近づいてくる。
アルシェード・エルマ・アマリア
すごいなぁ、トッピツな漢字がいっぱいだ……!
詩島歩乃華
達筆かな……書道、興味があるんですか?
アルシェード・エルマ・アマリア
はい! 日本の文化は好きだけど、漢字は色んな意味があって楽しいです!
詩島歩乃華
そうですね……私も、ここが一番落ち着いて。
アルシェード君は、どんな漢字が好きですか?
アルシェード・エルマ・アマリア
えーっと……あっ、これが好きです!
彼は私の作品を指さして言う。
枯木逢春(こぼくほうしゅん)。
私の思ったことを形にした言葉だった。
アルシェード・エルマ・アマリア
これ、春って、暖かい季節ですよね! これだけは知ってます!
詩島歩乃華
そうですね。これ、意味は知ってますか?
アルシェード・エルマ・アマリア
春になったとか、そういう意味じゃないんですか?
詩島歩乃華
ちょっと違いますね。
枯れてるように見える木も、春になったら生き返るよって意味です
アルシェード・エルマ・アマリア
そうなんだ……そんな意味をたった四文字で!
しかもかっこいい漢字で!
詩島歩乃華
本当はもっと意味があるんですけど、
春になったらきれいな花が咲くんだろうなって思うと、
素敵だなって思って私が書いたんです
アルシェード・エルマ・アマリア
あなたが書いたんですか? すごいです!
これが一番かっこいい! これから辞書で調べますね!
詩島歩乃華
ありがとうございます……
彼はニコニコしながらメモを取る。
本当は転じた意味があるけど、
そんなことより自分の作品を褒められることが嬉しかった。
見た目は髪を染めていて、行動的かと思ってたけど、
案外文化系の人なのかもしれない。
詩島歩乃華
(もう少し話がしたいかも……)
はしゃぐアル君を見て満足していると、
急に彼が振り返った。
アルシェード・エルマ・アマリア
そうでした、ここに来たのはあなたを見かけたからなんですよ!
詩島歩乃華
私を?
アルシェード・エルマ・アマリア
はい、ひと目見て、とても気になってしまって……
詩島歩乃華
へ!?
学校一の人気者が、いじめられっ子の私に何のようなんだろう?
しかもたまたま人気のない所。
ありえない期待がよぎって、顔が熱くなってくる。
そんなときに限ってアル君はどんどん私に近づいてくる。
詩島歩乃華
あ、あの、何がそんなに気になったんですか……?
アルシェード・エルマ・アマリア
はい……制服が、やたら汚れてたのでどうしたのかと
一応体育で使うつもりだったタオルを持ってきたんです
すっかり忘れてしまいました
詩島歩乃華
汚れ……あっ!
すっかり舞い上がってしまったが、
彼に言われてカバンと、運ぶときに制服に移った墨のことを思い出す。
詩島歩乃華
大変、時間立つと落ちないよ!
アルシェード・エルマ・アマリア
これ使います? 大変そうなんで持ってきたんですけど……
詩島歩乃華
あ、ありがとうございますー!
慌てて教室内の水道で落としにかかる。
アルシェード・エルマ・アマリア
僕も手伝いますよ。
……そうだ、もし良かったらお願いを聞いてくれませんか?
詩島歩乃華
なんでしょう?
アルシェード・エルマ・アマリア
僕にも書道を教えてくれませんか?
僕もあんなかっこいい字が書きたいです!
詩島歩乃華
そしたら部活の時……あ、今は文化発表会で忙しいから……
あ、そうだ! じゃあ、文化発表会のとき、書道部に遊びに来てください
アルシェード・エルマ・アマリア
そしたら教えてくれますか!?
詩島歩乃華
書道体験を開くから、そのときに一緒に書きましょう
アルシェード・エルマ・アマリア
ありがとうございます! 楽しみにしてます!
あ、もう帰らないと。じゃあ、これで失礼します!
詩島歩乃華
あ、タオルは!?
アルシェード・エルマ・アマリア
お礼に差し上げます! 門限近いので、これで!
彼は最後まで楽しそうにしながら、慌ただしく部室を飛び出していった。
詩島歩乃華
なんか、すごいことになったんじゃ……
クラスのいじめられっ子と、
学校で一番の人気者が一対一で話す。
しかもまた会う約束までしちゃった。
後で大変なことになるとは知らず、
今の私は、汚れを落としながらタオルを見て満足していた。

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