第63話

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2018/11/04 08:29
春の訪れを知らせるように、庭の雪が溶けて消えていく
私の部屋の机の上には、別の形で春の訪れがあった
合格通知や、この春から通う大学のパンフレットだ
部屋の中はダンボールが山積みで、私はせっせと脇目にも振らずに荷物の整理に追われていた
そこに、流星が入って来た
藤井流星
どう?
あなた

うん。だいたい出来たかな

藤井流星
そっか。そんな急がなくてもいいのに
流星がため息をついたが、私は手を止めることなく片付けを続けた
そんな私に、流星がそっと聞く
藤井流星
ねぇあなた
あなた

ん?

藤井流星
望には話したの?
あなた

…………あのね、流星

私は、流星の質問には答えず、いつかちゃんと言おうと思っていたことを言った
あなた

あたしさ、この街に引っ越してきて、本当に良かったなって思ってるんだ

流星は、じっと私を見つめる
優しくて、王子様みたいな流星
彼にひかれた時もあったのだ、と私は今、しみじみと思う
あなた

だってさ。流星に会えたし、みんなにも会えたしさ

それに、と荷物を入れる予定の絵本の表紙に、そっと指を走らせる
あなた

それに、お父さんみたいな翻訳家になるって夢も出来たし

流星は黙って、とにかく切なそうだ
それでも私は、明るく言う
あなた

ありがとうね

藤井流星
あなた………
あなた

あたし、ひとりで、自分の居場所見つけるよ。逃げてばかりの弱い自分から、今度こそ卒業するんだ

私はそう言って微笑み、かつての王子様を見つめた

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