第2話

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2018/08/03 13:44
あなた

東京から来ました……中野あなたです

声が喉のどこかに引っかかったような感じ
でもできるだけ愛想良く挨拶をして、私はぺこりとお辞儀する
札幌市内にある札恵高校への、転校初日だ
黒板に大きく『中野あなた』と書かれてる
よくある転校生紹介の場面だけど、自分がこんな風に教壇で紹介される日が来るなんて、まったく思ってもみなかった
教室の生徒達がパチパチと拍手してくれ、あなたは少しほっとする
うん、みんな、いい人そう
担任の中間先生が空の席を指さした
中間先生
じゃあ、席用意するまで、今日はそこの空いてるとこ……小瀧の隣、座っといて
あなた

あ、はい

私は、微笑を浮かべたまま、周りに会釈しながら、中間先生に指示された場所へ行き、椅子を引く
とたん、隣の男子から強い視線をぶつけられた
な、なにこの人……?
長めの茶髪で、思わずじっと見つめ返してしまうほど、すごく整った顔をしている
私は戸惑いながらも、一応は、にこやかに挨拶する
あなた

よろしくお願いします

すると、視線と同じように強い口調で、斬りつけるように言われた
小瀧望
そこ、お前の席じゃねーから!
あなた

え……?

小瀧望
そこは流星の席だ!
あなた

流……星?

教室にざわめきが起こった
何が何だか、さっぱり分からない
すると、中間先生がやれやれ、といった感じで助け舟を出してくれた
中間先生
望ー。分かってるって。あとで机持ってくるから。今だけ、今だけ
猛獣をなだめるようにクラスのあちこちからクスクス笑い声が聞こえる
中間先生と同じように「今だけっしょ」「そうそう」という声も聞こえる
しかし男子……小瀧望の攻撃的な視線はそのままだ
本当に骨まで噛み砕かれそう
私は、彼に睨まれたまま、正面を見据え、すとんと椅子に座った
緊張と困惑のため、妙に姿勢正しく
すると、反対側にいた女子が話しかけてきた
青木雪音
大丈夫?
わあ、可愛い子
ふわふわのロングヘアにぱっちりした目
にっこりと優しそうな笑顔を浮かべて小首を傾げるようにして自己紹介する
青木雪音
あたし、青木雪音です。雪音でいいから。中野さんも、あなたでいいかな?
私も、精一杯の笑顔で返す
あなた

うん

近くの席にいたほかの二人も、にこにこしながら手を振ってくれた
真緒
あたし真緒
愛永
あたしは愛永。よろしくね
あなた

よろしく

私も極力感じよく、挨拶を返す
雪音は続けて屈託なく話しかけてくれた
青木雪音
ねぇねぇ、この時期に転校って珍しいね
あなた

うん。親の関係で

本当のことなんか言えるはずない
私は、予め用意しておいた嘘を口にすると、ガタンと大きな音が響いた
びっくりして、振り返ると、小瀧望が立ち上がり、飛びかかりそうな形相で私を睨んでいる
切れ目の瞳。整った顔立ちで、背も高くて、この人、黙っていればイケてるのに
怖い…
いや、それより腹が立つ
なんなんだよ、こいつ。
小瀧望
おいおまえ!無視すんじゃねぇ!そこは流星の席だ!
ぷちっ。私の頭の中で何かが切れた音がする。中間先生が呆れた様子で
中間先生
おいおい、もう分かったから。座れや
となだめているが、猛獣化した望は、ほとんど牙までむきそうな勢いだ
私も、もう我慢がならなかった
青木雪音
?あなた?
青木雪音の気遣うような声も耳に入らず、私はバン!と机を叩いて立ち上がる
あなた

だったら!あんたが席でも机でも用意すればいいでしょ!あたしは言われたところにいるだけなんだから!

言わなくていい言葉まで、続けてしまった
あなた

あたしはもう、どこにも、いけないんだ!

教室がしんと静まる
みんな、瞬きもせずぽかんとした顔をして私を見てる
私は、思わず呟いた
あなた

……しまった

すると、雪音がぷーっと吹き出して、明るい笑い声をあげた
望はむくれたような顔だが、他のクラスメイトたちは、雪音につられるようにして笑い出す
雪音が笑ってくれたおかげで、気まずい空気はなくなった
でも。そんなクラスメイトたちの笑顔を見ながら、私の心は、否応なく過去に引き戻されていた

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