音楽室から流れてくるのは、優しいピアノの調べ
私は廊下に佇んでしばらくその音に耳をすませていたが、音が止んだので、ノックをしてからドアを開けた
楽譜を片付けていた遙が顔をあげる
私はぺこりと頭を下げた
すると遙が、柔らかく笑って、チラシのようなものを私に差し出した
『ハマナス会 第五回ピアノミニコンサート』と書いてある
五月の末に、小さなホールで開催されるらしい
遙はさらりと答える
私は黙り込んだ
(だろうな。俺には遙ちゃんがついてくるからな)
(とっくに気づいてると思ってた)
そうなのか
流星はこの人が好きなのか
小さな時からずっと一緒の、流星の"遙ちゃん"
俺たちの歴史をなめるなよ、と望は言ったけれど、それなら、流星とこの人の間にも、私が知らない歴史がある
思い切って聞いてしまいたい
小首を傾げるようにして聞く遙を、私は真っ直ぐに見つめた
遙は黙ったまま、瞬きもせず私を見つめ返す
唇は微笑んだまま、でも、その瞳は薄く膜を張ったようで、決して笑ってはいない
遙はにっこりと笑った
そんな
それなら、流星はどうするの?
遙はにこやかに笑ったまま、
と言った
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!