第5話

受け取れません!/Side.友梨佳
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2021/09/09 09:00
あの日、黒崎先輩は二時間ほど公園で休み、目を覚ました時にはかなり良くなっていた。


最初は、少しだけ上から目線な感じが怖かったけれど、実は繊細な人なのかもしれない。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
(昨日はさすがに学校を休んだのかも……。大丈夫かな)

あれから二日後の朝。


教室で本を手に開いたまま、私はふと先輩のことを思い出す。
灰谷 亜季
灰谷 亜季
友梨佳ー? 聞いてる?
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あ、ごめん!
考え事してた。
なんだっけ?
灰谷 亜季
灰谷 亜季
もー。
マイペースなんだから

そう言いながらも笑って許してくれるのは、中学時代からの親友である灰谷はいたに亜季あきちゃん。
灰谷 亜季
灰谷 亜季
高校に入ったら一緒に吹奏楽やろうって誘いたかったのに。
毎日図書館で本棚の整理して飽きないの? って話
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
飽きないよ。
地道な作業好きだし。
本も大好きだもん
灰谷 亜季
灰谷 亜季
だよねー。
羨ましい才能だわ。
でも、それだと毎日何も変わったこと起きないでしょ?
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
そうだね。
あ、でも一昨日おとといね……

亜季ちゃんなら先輩のことを知っているかもしれない。


そう思って聞いてみようとした瞬間、廊下の方で女子たちの悲鳴が聞こえ始めた。


悲鳴というよりは、キャーキャーという歓声のようで、それらは次第に大きくなってくる。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
な、なに?
黒崎 廉
黒崎 廉
1-5……ここだ。
えっと、桃原友梨佳さん、いるかな
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あ、黒崎先輩!

現れたのは、小さな紙袋を持った黒崎先輩だった。


廊下や教室中の生徒たちの視線が一斉に先輩と私に注がれ、ひどくざわつく。


やっぱり、この学校では有名な人なのだ。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
お腹、あれから大丈夫ですか? もう良くなりましたか?

私は先輩に駆け寄った。


今日は見るからに元気そうな先輩に、ほっとして笑みがこぼれる。
黒崎 廉
黒崎 廉
今日は念のため薬を飲んできたから、大丈夫。
これ、一昨日のお礼に。
君のために選んだんだ
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
え?

あの日は口調も態度も荒っぽかった先輩が、今日はやけに爽やかだ。


随分と印象が違うが、こっちが本来の先輩なのだろうか。


無意識のうちに紙袋を受け取りながら、私はぽかんと口を開けた。
灰谷 亜季
灰谷 亜季
ね、ねえ、友梨佳! これ何事!?
黒崎先輩といつ知り合ったの!?
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
亜季ちゃん、あのね……

一昨日のことをかいつまんで亜季ちゃんに説明すると、クラスメイトたちも静かに聞き耳を立てているようだった。
灰谷 亜季
灰谷 亜季
なるほどね!
それで、先輩はお礼に来た、と
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
そういうこと……なんだけど

黒崎先輩は亜季ちゃんの言葉に頷き、涼しげな笑顔を見せる。


早くお礼を言わねばと、私は何やら高級そうな紙袋の中を恐る恐る確認した。


小さな箱の中に、花型チャームの着いた可愛いネックレスが入っている。
灰谷 亜季
灰谷 亜季
わっ、『アクス・マグネティカ』じゃん!
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あ、あくす……?
灰谷 亜季
灰谷 亜季
女子の憧れ、ハイブランドのアクセサリー!
めっちゃ羨ましい~
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
へっ!? う、受け取れません!
そんな高価なもの……

私は慌てて箱を袋に戻し、先輩の前に差し出した。
黒崎 廉
黒崎 廉
え、どうして?
気に入らなかった……?

先輩は驚き、残念そうに聞いてくる。


申し訳ないと思いつつ、私は首を横に振った。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あれは、こんな高価なものをもらうためにしたことじゃないので……。
それに、これは私なんかよりも、ちゃんと似合う人にあげてください。
お気持ちだけ、受け取りますね。
ありがとうございます
黒崎 廉
黒崎 廉
…………

教室の中が再び大きくざわついた。
女子生徒
女子生徒
はぁ? 信じらんない!
女子生徒
女子生徒
あの黒崎先輩からでしょ? 普通断らないよね……
女子生徒
女子生徒
マジ何様のつもり?

女の子たちの、聞いたこともないくらい攻撃的な声が響き、私は肩を縮めた。


じゃあ、大人しく受け取るべきだったのだろうか。
灰谷 亜季
灰谷 亜季
普通って何よ?
受け取る、受け取らないの判断は友梨佳の自由でしょ!
当事者でもないくせに、自分を基準に決めつけんな!
女子生徒
女子生徒
んなっ……

亜季ちゃんが私を背中に隠して、そう反論した。


怒っていた女子たちは、顔を真っ赤にして沈黙する。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あ、亜季ちゃん……。
いいよ、ありがとう
灰谷 亜季
灰谷 亜季
友梨佳……
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
先輩、申し訳ないですが……。
やっぱり受け取れないです

手のひらを返して受け取ったところで、また騒ぎになるのは目に見えている。


それに、地味な私に、こんな素敵なネックレスは似合わない。


しばらく呆然としていた先輩は、私の声で我に返った。
黒崎 廉
黒崎 廉
そうか……。
受け取ってはもらえないか……

しょんぼりと肩を落とし、見るからに残念そうだ。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
(一生懸命選んでくれたのかな……。でも、受け取れないし……)

互いに俯き、無言が続いていると、誰かが私のところへやってくる足音がした。


【第6話へつづく】

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