あの日、黒崎先輩は二時間ほど公園で休み、目を覚ました時にはかなり良くなっていた。
最初は、少しだけ上から目線な感じが怖かったけれど、実は繊細な人なのかもしれない。
あれから二日後の朝。
教室で本を手に開いたまま、私はふと先輩のことを思い出す。
そう言いながらも笑って許してくれるのは、中学時代からの親友である灰谷亜季ちゃん。
亜季ちゃんなら先輩のことを知っているかもしれない。
そう思って聞いてみようとした瞬間、廊下の方で女子たちの悲鳴が聞こえ始めた。
悲鳴というよりは、キャーキャーという歓声のようで、それらは次第に大きくなってくる。
現れたのは、小さな紙袋を持った黒崎先輩だった。
廊下や教室中の生徒たちの視線が一斉に先輩と私に注がれ、ひどくざわつく。
やっぱり、この学校では有名な人なのだ。
私は先輩に駆け寄った。
今日は見るからに元気そうな先輩に、ほっとして笑みがこぼれる。
あの日は口調も態度も荒っぽかった先輩が、今日はやけに爽やかだ。
随分と印象が違うが、こっちが本来の先輩なのだろうか。
無意識のうちに紙袋を受け取りながら、私はぽかんと口を開けた。
一昨日のことをかいつまんで亜季ちゃんに説明すると、クラスメイトたちも静かに聞き耳を立てているようだった。
黒崎先輩は亜季ちゃんの言葉に頷き、涼しげな笑顔を見せる。
早くお礼を言わねばと、私は何やら高級そうな紙袋の中を恐る恐る確認した。
小さな箱の中に、花型チャームの着いた可愛いネックレスが入っている。
私は慌てて箱を袋に戻し、先輩の前に差し出した。
先輩は驚き、残念そうに聞いてくる。
申し訳ないと思いつつ、私は首を横に振った。
教室の中が再び大きくざわついた。
女の子たちの、聞いたこともないくらい攻撃的な声が響き、私は肩を縮めた。
じゃあ、大人しく受け取るべきだったのだろうか。
亜季ちゃんが私を背中に隠して、そう反論した。
怒っていた女子たちは、顔を真っ赤にして沈黙する。
手のひらを返して受け取ったところで、また騒ぎになるのは目に見えている。
それに、地味な私に、こんな素敵なネックレスは似合わない。
しばらく呆然としていた先輩は、私の声で我に返った。
しょんぼりと肩を落とし、見るからに残念そうだ。
互いに俯き、無言が続いていると、誰かが私のところへやってくる足音がした。
【第6話へつづく】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。