第13話

憧れの存在です/Side.友梨佳
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2021/11/04 09:00
先輩の私に対する態度に、ずっと抱いていた違和感。


それを伝えると、先輩は目に見えてうろたえ始めた。


目は泳ぎ、顔は青ざめていく。


図星だったのかもしれないけれど、なんだか可哀想にも思えてきた。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
大丈夫ですか?
黒崎 廉
黒崎 廉
あ、ああ……

先輩は頷いてお茶を一口飲み、気持ちを落ち着けるように深呼吸する。


私もせっかくだからとお茶をもらって、もう一度話を切り出した。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あの、どうして私なんでしょうか。
自惚うぬぼれているわけじゃないですが、からかわれているとは絶対に思えなくて……。
先輩の本心を教えてくれませんか?

先輩はまた一口お茶を飲むと、姿勢を正した。


けれど、まだ目や手の動きがぎくしゃくしている。


どうやら演技を止めたようだ。
黒崎 廉
黒崎 廉
お、俺もびっくりなんだけど……一目惚れ、です
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
一目惚れ……
黒崎 廉
黒崎 廉
自分で言うのもあれだけど、芸能界にいたから、それなりに人を見る目はあるって思ってて。
俺に近づいてくる人間は何か下心があるんじゃないかって、いつも疑ってかかるんだけど。
君はその……例外っていうか
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
ふふ。
私は先輩のこと、知らなかったですもんね

薄々そうじゃないかとは予想はしていた。


先輩自身の言葉で言われてみると、やっぱり嬉しいものだ。
黒崎 廉
黒崎 廉
図書館で最初に会った時、頭の中で鐘が鳴ったような感じがして……。
俺もこんなの初めてだったから。
これがどういう気持ちなのか確かめるために、あの日の帰り道で待ってた
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
待ってたって……。
お腹が痛くてうずくまってたじゃないですか
黒崎 廉
黒崎 廉
あれも……ごめん、演技……
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
ええ!?

毛穴から汗が噴き出していたのも、演技だというのか。


信じられないし、心配して損だったと、私は非難の目で先輩を見つめた。
黒崎 廉
黒崎 廉
ごめん……。
でもあの時、この子はきっと俺の運命の人だって確信したんだ。
全然知らない俺のことも、あんなに優しく気に掛けてくれて
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
……私、試されてたんですね
黒崎 廉
黒崎 廉
今は本当に悪いと思ってる

先輩は深々と頭を下げた。


胸の奥が熱くなって、心臓が強く脈打つ。


この人の気持ちに、少しでも応えたいと思ってしまう。


でも、私も先輩も、互いのことなんかまだこれっぽっちも理解できていない。


私は首を横に振った。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
そんな一瞬で、相手のことなんか分からないですよ。
私は平凡な人間で、田舎に住んでるただの女の子です
黒崎 廉
黒崎 廉
そんなことない。
可愛いし、俺には女神に見える
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
めがっ……いえ、本当にそういうのじゃないですから……。
気持ちは嬉しいんですが

先輩が素で話してくれることは、大きな一歩だった。


私はもっと、先輩を知ってみたい。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
それより、先輩が以前は俳優さんだったと聞いて、自分でいくつか作品を調べて見てみたんです。
どの役の仕草も表情も、声の抑揚も、すごく自然でびっくりしました
黒崎 廉
黒崎 廉
そう……見たんだ
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あれ……?
嫌、でしたか?

先輩は、少し苦い顔をした。


芸能界を引退した理由も知らないし、言うべきではなかったのかもしれない。
黒崎 廉
黒崎 廉
違うんだ。
君には、俺を……元芸能人ってフィルター越しに見て欲しくなかったなって。
贅沢だけど、そう思ってさ
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
いえ。
私にとっては、フィルターとか関係なくて。
先輩がもの凄く上手な演技のできる人なんだって思って……とっても感動しました!
きっとすごく努力されたんですよね。
何の取り柄もない私にとっては憧れの存在です
黒崎 廉
黒崎 廉
……憧れ?

私には想像もできない苦労を、先輩はたくさんしてきたのだろう。


毎日穏やかに過ごせればそれでいいと思っていた私には、眩しい存在だ。


私が笑いかけると、先輩は切なげに目を細めて、「ありがとう」と答えた。


【第14話へつづく】

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