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第20話

幸せにする/Side.廉
3,120
2021/12/23 09:00
あれから、俺は友梨佳を避けるようになった。


あんなに追いかけ回して、清にはストーカー呼ばわりされていたくせに、なんて自分勝手だろうとは思う。


友梨佳から【会えませんか?】とチャットのメッセージが来ても、ぐっと我慢した。


【校内だと人の目があるから、会わないようにしよう】と伝えて、チャットのやりとりだけにしている。


しかし、そんなやせ我慢も長くは続かない。


【先輩、私のこと避けてますよね?
このままだと先輩と話せるまで私がストーカーになりますが、いいですか?】


怒りを含んだメッセージが急に飛んできて、俺は震え上がった。


いや、怒って当然だ。


降参した俺は、放課後に家の畑で友梨佳と会うことにした。



***


桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
それで、なんで私を避けてたんですか?
黒崎 廉
黒崎 廉
いや……その。
前に進路は大学でって話をしたと思うんだけど。
演技の世界に戻ることにした、から……
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
えっ!?
黒崎 廉
黒崎 廉
もう撮影の準備も始まっていて、後戻りできないんだ。
報告しようって思ってはいたんだけど……。
言い出しにくくて
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
それは、先輩が本当にやりたかったことですか?

友梨佳はいつだって核心を突く質問をする。


さすが、俺が惚れた女の子だ。


そういう人の心の機微に聡いところも、俺は好きなのだろう。


俺が頷くと、友梨佳は花を咲かせたように笑って喜んだ。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
わー! おめでとうございます!
応援しています!
黒崎 廉
黒崎 廉
……ありがとう

寂しがってくれないということは、友梨佳はやっぱり、あの白藤とかいう男と付き合うことになったのだろう。
黒崎 廉
黒崎 廉
それと、いっそのことここで振ってもらえると助かる。
俺も今なら、君のことをすっぱり諦められると……
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
…………
黒崎 廉
黒崎 廉
え?

友梨佳は一瞬で真顔になったかと思いきや、その目には涙が浮かんでいた。
黒崎 廉
黒崎 廉
ど、どうした?
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
は、離れ離れなんていやです~!
本当は寂しいです!
これから返事しようって思ってたのに……!

目の前で、友梨佳がぼろぼろと泣き出してしまった。


泣き止ませたいが、この前のことがあるので抱きしめるのは躊躇してしまう。
黒崎 廉
黒崎 廉
(こういう時のデータベースだろ……! 何で何もできないんだよ、俺!)

迷った末に、俺はそっと友梨佳の頭を撫でた。


何のキャラの真似でもない。俺が、そうしたいと思ったから。


泣き止むのを待って、恐る恐る抱きしめようとすると、彼女の方から飛びついてくる。
黒崎 廉
黒崎 廉
こ、これって、もう返事はOKってこと?

友梨佳相手に演技している時は一切緊張しなかったのに、今は心臓が暴れ回っている。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
……はい。
先輩のこと、好きみたいです。
演技している姿も素敵なんですが、私は素の先輩が一番好きです!
黒崎 廉
黒崎 廉
……やばい……泣きそう
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あはは、先輩まで泣いてどうするんですか

嬉しくて、胸の奥がぎゅーっとなる。


力いっぱい友梨佳を抱きしめると、彼女も負けじと抱きしめ返してくれた。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
私も、卒業したら上京して、文学部のある大学に進学したいんです
黒崎 廉
黒崎 廉
それって……
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
今は勉強を一番頑張らないといけませんけど。
小説も少しずつ書きながら、将来的に出版できるようになりたいなって
黒崎 廉
黒崎 廉
いいじゃん。
めちゃくちゃいい夢じゃん!
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
はい! もしも作家デビューできたら、先輩に主人公を演じてもらうのも夢です!
黒崎 廉
黒崎 廉
可愛いこと言うなよ~もう~
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あはは

そんな夢も、友梨佳とだったら本当に叶えられる気がする。


高校で一緒に過ごせる時間は残り少ないし、離れる時間も増えるけれど、その先はこれからの俺たち次第だ。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
先輩が卒業して芸能界に戻っても、私が上京すれば、また先輩に会えるようになりますか?

友梨佳は目を赤くして言う。


きっと、不安なのだ。
黒崎 廉
黒崎 廉
うん……。
一緒に住む準備しとく……
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
それは、ちょっと気が早いです……
黒崎 廉
黒崎 廉
そうだ、清にも謝んないと……
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
え、喧嘩しちゃったんですか?
黒崎 廉
黒崎 廉
うん……進路のこととかで、いろいろ俺が突っ走ったから
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
大丈夫です。
きっと許してくれます

俺は友梨佳の手を取って、絶対に離さないという意志を込めて握った。
黒崎 廉
黒崎 廉
俺、頑張るから。
役者としても、人間としても、成長して……。
それで、い、いつか……友梨佳を絶対幸せにする

演技をせずに気持ちを伝えるのは、やっぱりまだ慣れない。


それでも友梨佳は満面の笑みを浮かべて、俺の手を握り返した。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
私も自分のことを誇れるように頑張って、先輩のこと幸せにします!

芽が出始めたばかりの春の畑に、俺たちの笑い声が明るく響いた。


【完】

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