第4話

天使か……/Side.廉
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2021/09/02 09:00
黒崎 廉
黒崎 廉
(案外上手くいったな……。騙されやすくてちょっと心配になるが)

桃原友梨佳の関心を引くにはどうすればいいか、図書館を出てからしばらく考えていた。


俺の一番の武器は何か、それを考えて出した結論は――。


校門から少し離れたところで待機し、彼女が出てきたのを確認してから、帰る方向に先回りするというもの。


接触する口実さえ作ってしまえば、あとは〝演技〟でどうにでもなる。


彼女の肩を借りて公園内まで移動した俺は、木陰になっているベンチで休むことにした。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
あ、枕代わりになるものがないですよね。
ちょっと待ってください

寝転がろうとした俺を止めて、彼女は鞄を探る。


ちょうどいいものが見つからなかったのか、彼女は逡巡しゅんじゅんした後、ベンチに座った。


ハンカチを自分の膝の上に広げ、「どうぞ」と言う。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
鞄そのままだと硬いですし、私なんかの膝で申し訳ないですが……
黒崎 廉
黒崎 廉
いや……助かる

嬉しさで頬が緩みそうになるのを堪えながら、俺は遠慮なく彼女の膝の上に頭を乗せて横になった。


胃が痛む演技を添えて。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
胃潰瘍いかいようとかでしょうか……。
本当に、病院に行かなくて大丈夫ですか?

本気で心配している彼女に申し訳ない気持ちはあるが、これでも幼少期には何度も胃潰瘍を経験している。


原因は度重なる仕事のストレスと、多忙により休息が得られなかったこと。


その時のことを思い出すと、本当に痛くなってきそうだった。
黒崎 廉
黒崎 廉
小さいときは、よく痛くなってた……。
しばらく休めば、何とかなる。
それでも良くならなければ病院に行くから

弱々しく答えると、彼女は俺を労るように微笑んだ。
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
はい、今はゆっくり休んでください。
落ち着くまで見守っていますので

優しく純粋な笑顔に、心が洗われるようだ。
黒崎 廉
黒崎 廉
(天使か……。いや、女神かもしれない……)

さっき図書館で初めて彼女を見た時、例えようのない不思議な衝動に駆られたのは、気のせいなんかじゃない。


彼女を知りたい、彼女に近づきたい。


俺の人を見る目に狂いはないはずだ。


まさか、俺の人生で一目惚れを経験する日が来ようとは。
黒崎 廉
黒崎 廉
……何か話してくれねえか? その方が、気が紛れる
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
それじゃあ……お名前を教えてください
黒崎 廉
黒崎 廉
黒崎くろさきれん
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
黒崎先輩……。
うーん、聞いたことないです。
あの……さっきも思い出そうとしてみたんですが、やっぱり初めましてですよね?

もしかすると、彼女の家にはテレビがないのだろうか。


それとも、テレビの向こうの世界にいた人間が、こんなところにいるなんて思いもよらないのか。
黒崎 廉
黒崎 廉
……黒崎佐夜子さよことか、KYOJIきょーじって聞いたことないのか?
桃原 友梨佳
桃原 友梨佳
え? どなたですか?
黒崎 廉
黒崎 廉
なるほど……

俺が両親の名前を出しても、彼女は分からないようだった。


母は女優で、父親はミュージシャン。


街中で聞けば誰しも「聞いたことがある」「知ってる」と答えるし、そういう人たちはもちろん俺のことも知っている。


ということは、彼女は芸能界に相当疎いのだ。


つまり、俺が〝元・芸能人〟であるという強みは、彼女を口説くにあたって何の役にも立たない。
黒崎 廉
黒崎 廉
(よりによって、人生初の一目惚れ相手が、俺を知らない……)

少し自信がなくなってしまった。


だが、今までだって数え切れないほどの女子から告白されてきたのだ。


彼女だって、例外ではないはず――きっと大丈夫。
黒崎 廉
黒崎 廉
(俺様系男子は好みじゃなさそうだったな……。明日から変えるか)

元・演技派子役の名にかけて、どんなキャラにだって、なりきってみせる。


もちろん、彼女が好きな男にだって。


【第5話へつづく】

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