廊下を歩いていると、はっきり聞こえる声で噂される。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
先輩への対応に困っていたのは事実だ。
つきまとってくるのも、毎日別人みたいになっているのも怖い。
けれど、「話をしたい」と言われているのに、一方的に突き放している現状も申し訳ないと思っている。
けれど、こういう周囲の女子たちの視線や噂が怖くて、やっぱり先輩には関わりたくないという気持ちが強かった。
私の隣を歩く亜季ちゃんは、彼女たちに聞こえるようにそう言うと、べーっと舌を出した。
気が付けば、白藤くんも隣に並んでいた。
二人は、いつもこうして私を守ってくれている。
白藤くんも、私の近くにいるときは他の女子たちや先輩からも助けてくれるのだけれど、私だって甘えてばかりではいけない。
亜季ちゃんは「気持ちが向かないなら」と言ったけれど、完全に嫌だと思っているわけではないのだ。
――実は、黒崎先輩が有名な子役だったと聞いて、当時はどんな感じだったのだろう、と興味を引かれていた。
芸名もそのまま【黒崎廉】だったので、気になって調べてみると出演ドラマや映画がいくつも見つかった。
レンタルショップで借りたり、両親が加入している定額動画配信サービスを使って見たタイトルの中には、私が大好きな小説が原作の映画もあって。
知っている人が大好きな作品の中で演技をしている、という不思議な感覚を味わいながら、のめり込むように見た。
今の面影を残す幼い少年は、大人顔負けの演技力と感情表現で、私を強く惹きつける。
何も取り柄がない私とは対照的で、憧れを感じた。
亜季ちゃんは、先輩の引退理由は「学業に専念するためだったはず」と言っていたけれど、それだけの理由で簡単に引退できるものだろうか。
私は首を傾げた。
そして、芸能界なんてキラキラした世界にいた人が、ただの平凡な田舎者である私を追いかけ回しているという現状に違和感を覚える。
今度は、反対側にも首を傾げた。
悶々と考え込んでいると、ひとつの可能性に思い至る。
先輩が毎回わざわざ演技をしているとすると、その理由は何なのだろう。
疑問ばかりだ。
気持ちがぐらぐらと揺れる。
白藤くんがそう声を掛けてきた時、気付けば放課後になっていた。
私は席に着いたまま、ぼーっと考え事をしていたようだ。
現状を変えたいだけではなくて、私の関心がどんどん先輩に引っ張られているから。
白藤くんはしばらく黙ったままだったけれど、真剣な顔でようやく口を開いた。
思わぬ質問に、私は即答できずに固まった。
【第10話へつづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!