私は道を歩いた。
けど、体に穴がぽっかり開いて上手く歩けない。
何も考えられない。
今の私は《無》だった。
どこまで歩いただろうか。
崖の下には海が見える。
私は足を止めた。
そして、崖の先へと足を運ぶ。
ヒュー!
突然、崖の上に突風が吹いた。
そして私は、体勢を崩す。
私は呟いた。
『ああ、やっと死ねるんだ。』
誰かが、私の腕を引っ張った。
私は崖の上でへたり込み、“私を助けてしまった人”を見上げる。
見たことがあった。
裏路地で後輩を助けた、桐島先生の...
その人は、私の前でしゃがんだ。
私は俯く。
え...
その人は、私に手を差し出した。
「この人は、信用して良い気がする。」
私は何故か、そう思った。
手を伸ばし、差し出された手を握る。
その人は私の頭を優しく撫でてから、優しく微笑んだ。
《温かい》
そう、思った。
あの後、男性に付いて行ったら潮目先生と桐島先生に会った。
もしかしたら、あの人が二人の所に連れて行ったのかもしれない。
潮目先生はそう言いながら桐島先生の背中を押した。
すると、潮目先生は人差し指と親指をくっつけて、その手を口元で右から左へと移動させた。
小さい頃に、先生とかがやっていた「秘密」の合図だ。
男の人__葉連さん__はふっと笑った。
潮目先生は笑った。
...可愛い人だなぁ。
潮目先生がこくりと頷くと、桐島先生は少し笑ってその場を去った。
すると、潮目先生は私の方へ歩み寄った。
突然、ふわっと良い香りがしたと思ったら、いつの間にか私は、潮目先生の胸の中にいた。
潮目先生は、何もかも見透かしているかのように「大丈夫だよ」と言い続けた。
...二度目の、《温もり》だった。
泣きそうな所を、寸前の所でなんとか我慢する。
大人二人の前で恥をかくわけにはいかない。
何故泣きたいのかも、何故こんなに悔しいのかも、何もかも分からなかった。
ただ、さっき与えられたばかりの人の温もりしか、私には残っていなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!