黄瀬くんって好きな人とか居るの?...と聞かれた時。
先輩がそれを聞くんだな、と思った。
自分から聞いた癖に焦り出すのも、彼女らしい。
嘘を付く事も出来たのに、僕は正直に答えて。
前々から気付いて居た風に言い出す先輩に対して、
察しの悪い後輩を演じながら。
薄々、勘づいた。
心臓が握り潰されて居るみたいに、痛みが強くなって行く。
苦しい、苦しい。...息が、しづらい。
僕の異変に気づいた先輩に顔を覗き込まれる事を阻む為。
ぎゅううう、と力を込めて抱き締めた。
先輩と言えど女子。当然、僕の方が背が高い訳で。
その華奢な身体を、包み込む形になる。
やがて、躊躇うように宙を彷徨った手が僕の背中に触れて。
撫でられる優しい手つきに、意味も無く泣きたくなった。
もし先輩の好きな人が僕なら、幸せな気分に浸れるのに。
この行動が同情から来るものだと分かるからこそ、辛い。
声を押し殺して、泣き続ける。
先輩の事を想ってるのに。
先輩の所為なのに。
早く気付いて欲しいと思う反面、
気づかないでと願ってしまう。
この矛盾を許して欲しい。
だって、この矛盾が無くなってしまったら。
今の僕に唯一与えられて居る特権も。
奪われてしまう気がするから。
とくん、とくん...と規則正しい先輩の心臓の音。
今、先輩に愛されて居る。そう思う事にする。
好きな人に触れられる。
その許可が、今は僕だけに下りて居るんだから。
文句なんて言えない。反論なんて出来ない。
ズキリ、と。心にヒビが入る音がした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。