遂にやって来てしまった体育祭。
開会式から校長の長い話や教育委員会の話でつまらない様子だったが、競技の開始を告げるピストルの音や人気のある先輩を応援する声で活気に溢れていた。
一方、麗綺はというと…
腕にリボンのようなリストバンド。これは学級委員が何故か団結力を高めるためにと言って買ったらしい。
リストバンドに書かれている文字は
───立ち上がれ、何度でも
何時何処で誰が立ち上がるのか全く分からないのは2人とも同じだった。サッカーの世界大会で日本が盛り上がった時に作られたらしいが…もう何年も前の話、もう忘れたようなものだ。麗綺はサッカーなんて興味なかったのでここで初めて知った。
麗綺は背筋も凍るような目で透を見つめた。悪気があった訳ではない。透がかっこいい、筋肉が、とかの話をしているのが嫌なのだ。
此奴ってこんなやつなんだ、その一言が過ぎりつつも言葉に出さずにいた。
嫌味も届かないまま透はいつものメンバーの所に行ってしまった。
負けること前提で書かれている痛々しい名言のようなものに麗綺は何も感じなかった。ただ、ずっと目が離せない。このリストバンドは透がつけて不格好だけど取る気にもなれなくて椅子に座った。
こういうのは成宮美華。まだ不知火家になっていない頃から何故かお友達になったのだが…麗綺は美華が透に好意を抱いていると思っていた。なのに、ペロッとこんなことを言って驚かない人がいるか。
麗綺にとって初めての友達。距離感がよく分からなくて名前も呼べず、毎回訂正されるのだ。
宝童といえば、アホでおちゃらけてて小説もろくに書かなくて奏恵によく怒られている。麗綺のイメージはそれだったが美華は麗綺が大好きだったらしい。
福本愛奈、クラスの中でもトップクラス。生徒会執行役員で透との距離が近い。見た目完璧、彼氏途切れない、の割に悪女。透への気持ちは持ったまま中途半端に男女交際を続ける。まさに「見た目は真面目、中身は悪女」だった。愛奈は麗綺の隣に座って話し始めた。
麗綺には意味がわからなかった。本気で目指すのを邪魔する。何処にメリットがあるのやら。
愛奈の目はとても冷酷で、色を失っていた。美華はそれを悟り、その場を去っていった。
麗綺と愛奈だけの空間、広いようで狭い狭い空間。
じゃあね、と言って愛奈は去っていった。
世の悪女はこんなに怖いのかと麗綺は改めて確信した。
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「2年2組頑張るぞーーーー!!!」
「「「「おぉーーー!!」」」」
元気のいい円陣で遂にやってきたしまった学年種目百足競走。麗綺はチラリと愛奈の顔を見た。ニヤリと微笑み髪を弄っている愛奈。
麗綺は何をすべきかは分かっているはずだがそれをしようとする気にはなれない。今までなら面倒くさいと切り捨てられたのに。
透の微笑みは優しくて、これを裏切っていいのか麗綺は不安になった。なんで、こうなったのかも分からぬまま競技はスタートした。
麗綺たちのグループはアンカー。1番の重役。勝敗を決めるものだった。
序盤は3組がリードしており、そのまま2番手へ、すると1組が抜かした。そこに2組と4組が迫り、
4組の1人が転倒。前の人が手を取り必死に進む。その間に2組が1番。次は麗綺たちの番だ。
愛奈の企み笑顔に麗綺は気づいていた。でもいいのだろうか。何も知らない透をこんなことに巻き込んで。そんなの許されることなんだろうか。
透がリストバンドを指さした。
立ち上がれ、何度でも
麗綺は透の方を見た。笑っていた。勇気づけるような笑顔。
そして迫ってくる前のグループ。最後の人がラインの内側に入って来た所で麗綺たちは一気に歩みを進めた。
もう愛奈なんてどうでもいい。麗綺はそんな一心だった。迫ってくる3組のグループなんか気にせずに練習通り必死に歩いた。
楽しい、楽しいよ。麗綺の心の中に響く物はそれだけだった。
そしてゴールラインを超えてピストルが鳴る。転倒せずに麗綺たちはゴールし、見事1位に輝いた。クラス中が湧いた。足を外した後も透と麗綺は笑いあっていた。クラス中が歓喜に包まれたのだ。
────ただ1人を除いては。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!