先ほどまで夏蜜柑の爽やかな香りに包まれていたからか麗綺には部屋の空気が濁っているように感じた。
麗綺は階段を降りると、汗だくになった透の姿があった。膝は砂がついていて額には粒状の汗がだらだらと垂れていた。
麗綺はそれが一番手っ取り早いと思ったからだ。しかし、透の考えは違った。
麗綺は階段をまた上った。
透には失礼だが、先程まで麗綺が嗅いでいた夏蜜柑の匂いに比べると透の汗の匂いは少しキツかったのだ。森の新鮮な空気を吸うと工場の前の空気が吸えなくなる。それと同じような現象が起きていたのだ。
不知火は蜜柑の種類だ。麗綺は皮肉をこめて呟いた。しかし誰にも聞こえる訳がなく。ただの独り言と化してしまった言葉に寂しく思った。
引越し前から文芸部に通っていなかった麗綺は小説が1ミリも進んでいなかったのだ。
文化祭まであと3ヶ月。その前には体育祭もあった。部活動の時間制限もあるだろう。
麗綺は小説の進み具合に不安しか感じないのだ。
心から信頼している先輩と過ごす時間も残りわずかだ。それなら1秒でも長い時間を過ごしたい。誰もがそう思う。麗綺もその中の1人だ。
とはいえ、暑い夏の2階は息が苦しい。窓を開けても入ってくるのは蒸し暑い風だろう。地球温暖化は怖いと麗綺はしみじみ思う。
麗綺は大急ぎで階段を降りた。奥からは水音が聞こえてきたが2人きりのリビングに乗り込むことにした。
扉を勢いよく開けてリビングに入る。
慎介なりの気遣いだったんだろう。しかし麗綺にはテレビを見ないことについての皮肉としか感じれなかったのだ。
麗綺はソファに座った。
真顔で聞いてくる千歌子に麗綺は慌ててしまった。しかし、すぐに千歌子と慎介の顔が笑顔に変わった。
正直な所、麗綺はほっとした。さすがに初めましての日から下の名前呼び捨てのハードルは高いと思ったからだ。
それを難なくクリアした2人には慎介と千歌子は違和感を感じなかった。麗綺はそれに驚いた。
しかし、実際の所はどうなのだろうか。麗綺は人を信じることがあまり出来ないので信用はしていなかった。
不知火という苗字で学校に行ったら透のカーストが落ちるか麗綺のカーストが上がるかだった。しかし、麗綺はどちらもめんどくさい。ならば今まで通りの方がいい。
佐野でいれば困ることは少ない。高校に入って心機一転したところで変われば失うものも少ないだろうと麗綺は考えたのだ。
すると、扉が開いた。
濡れ髪の透が現れた。白い半袖Tシャツにハーフパンツで体育の時の服のようだった。首にはタオルがかけられ部活終わりの学生のようにも見える。しかし先程の土は洗い落とされ、汗の匂いも消えていた。
言い訳をしてから麗綺の隣に座った。
透は麗綺の隣に座った。
麗綺は透にリモコンを渡した。透は慣れた操作で番組をつけた。
ある飲み物の店でベビタッピと言いながらタピオカにストローを刺すことで流行った。しかし麗綺の耳には入っていたものの興味がなかったのだ。
2人で笑いあった。
所謂同棲一日目は
和やかな空気に包まれた?
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。