彼が微笑んだ瞬間、あちこちで黄色い悲鳴があがる。
私には裏があるような笑みにしか見えないが…
というか、なんで先輩呼びしてくるんだ。
同年代に先輩呼ばわりされる謂れはないはずだ。
下っ端君は焦って私をどうにか高嶺 椿のところに向かわそうとする。
そこは高嶺 椿がREDの幹部で下っ端君は下っ端君だからしょうがないかもしれないというのはわかるが。
周りをそっと見回す。
半分くらいは高嶺 椿を見て顔を赤くし、もう半分くらいは高嶺 椿が呼んだ私のことを不振げに見ている。
さらに、教室の外は騒ぎを聞いた野次馬が増えてきていた。
…REDの幹部効果、恐るべし。
これ以上騒ぎをでかくしないで欲しい。
けれども、私が動かない限りこの状況が続くのは明白だった。
………。
静かに立ち上がり、彼のところまで歩く。
あらゆる方向から視線をビシバシと感じるが、気づかないフリ。
前まで行くと、少し上にある彼の顔を見上げた。
薄く笑っている彼は、傍から見れば爽やかに微笑んでいるように見えるのかもしれない。
だが、私には私が嫌がっているのを知ってて楽しんでいるようにみえた。実際、そうだろうが。
そんな彼に私も笑顔を作り────
帰れと言わんばかりに微笑む。
察せ。そして今すぐかえれ。
なんで逃げたの?心做しか笑顔の裏でそう言われている気がする。
互い、ほんの一瞬真顔に戻るが、また互いに微笑み合う。
そこからはただ仲睦まじく笑い合っているように見えているのだろう。
実際は、その瞬間から心理戦が行われていた。
ああ言えばこう言う高嶺 椿に痺れを切らし、下っ端君に助けを求めようと後ろを振り返る。
下っ端君、君のチームの上司、どうにかし────
だめだ。彼は1ミリもこの状況の深刻さを理解してなかった。お前の目は節穴か。
仲良くないし!この裏ありまくり笑顔のどこをどう見たらそんな平和な考えに至るんだ。
はぁ、とため息をつき、仕方なく、高嶺 椿に向き直る。
いつまで続ければいいのだろうか…
その心配は高嶺 椿が今までより一割増しニヤリとしながらポソッと呟いた一言によって即解決した。
嫌な方向に。
口の動きで私はわかったが、下っ端君含む他の人は聞き取れなかったようだ。
器用な奴め。
こうなっては詰んだもどうぜん。
仕方なく私が折れてそういう。
あぁ、ぶりっ子なんてするもんじゃないな。やっぱり。
ニコニコとした笑顔の裏で、拳を握り震わせていたのは言うまでもない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。