前の1人が屋上へのドアを開け、後ろにいた1人が私を押す。
突き飛ばされたのでそう言いながら、チラリと屋上のペントハウスの左側を見て確認。
やった。やっぱりいる。
予想通り、そこにはREDの幹部の高嶺 椿(たかみね つばき)が、床に寝そべりながらイヤホンをつけている。
腕で目の部分を覆っているから、寝ているのだろうか。
まぁ、どっちにしろ彼がいるなら、私はこのまま演じ続けておけばいい。
自分達で首を締めているのも知らずにそう問い詰めてくる目の前の憐れな雌豚達。
そのまま私の予定通りに動いてね♪
心の中ではそんなことを思っていても、悲鳴をあげ、わざとらしく倒れる演技はしっかりする。
その時ふとペントハウスの反対側───・・・つまり椿君が寝そべっていないほうに目をやる。
本来そこには何も無いはず…なのだが
なんと呑気にお弁当を食べながらこちらを見つめている女と目が合った。
は!?なんでこんなところに他の人がいるわけ!?
冗談じゃない、あの女のことが目の前の奴らにバレたら話がややこしくなる。
一瞬焦ったが、ビビっているのか女は動く気配がなかったので、邪魔だと言わんばかりに睨み、さも自然に目をそらす。
それが伝わったのか、その女はその後も何もこちらに干渉してこなかった。
本気で焦ったが、このままいけば私の予想通りの展開に事は運ばれるだろう。
そして、ついにその時はきた。
先頭の雌豚がそう声を張り上げた瞬間。
椿君が立ち上がりイヤホンを取りながらこちらに向かって来た。
恐らく大きな声と倒れたりする音がイヤホンを超えて聞こえたのだろう。
まるで図ったかのようなグッドタイミング。
全く気づいていなかった目の前の雌豚達は戸惑いを隠せないと言った様子だ。
ゆっくりと近づいてくる椿君に動けない雌豚共。
私はさも今気づいたかのように驚きながら彼の名を呼んだ。
ようやく我に返り弁明し始める雌豚共を心の中で嘲笑う。
にこりと笑った椿君の顔は口は笑っているものの目は笑っていない。
うわぁ、可哀想。私だったらあんな笑いされたら耐えられない。
怖気付いた雌豚共は口ではそう言ったものの我先にと逃げていった。
あははっ、いい気味。なんて無様。
今度は普通ににこりとした笑みをこちらに向け、そう聞いてくる椿君。
私はそんな彼に逆に謝り無意識風上目遣いをした。
ついでにキュッと拳も握る。
こういう幹部の笑顔を間近で見れるのは私だけ。
その優越感に浸りながら現実ではふわりと笑う。
椿君は幹部の中ではあまり喋らない方だけれど、今日をきっかけに前より────
不意に椿君がそう言った。
彼の目線は私ではなく、ペントハウスの左側に向いている。
げ、まだいたの?あの女
そこには先ほどの女が相変わらず足にお弁当を広げて食べていた。
しかも視線を全くそらすこともしない。まるでそれが当たり前かのように堂々と、こちらを見ている。
椿君が不思議そうにそう聞く。そうだ、椿君にあの女が見てたのに助けてくれなかった(実際は睨んだけど)と遠回しに伝えればあの女は責められるだろう。
よし。
口を開いた途端。
バタンッ!
見計らったようなタイミングで目の前の屋上のドアが勢いよく開いた。
そこから顔を覗かせたのは、緋彩君とはまた違った系統の可愛い男子。
彼はお弁当を広げている女に向かって何か言おうとしたようだが、こちらを見ると慌ててお辞儀をしてきた。
ふぅん、REDの子か。なかなかのイケメン。
私がその子に向かって挨拶を返そうとしたその瞬間。
ついさっきまでお弁当を広げていた女がいつの間にか智季君に近づき、満面の笑みでそう言った。
は!?!?
なぜ今、天気!?
そう思ったのは私だけではなかったようで、屋上にいたその女以外の2人も固まった。
その隙に女は屋上から出ていく。
少しして我に返った目の前の子もぺこぺこと頭を下げながら慌ててその女の後を追い、屋上から出ていった。
隣では椿くんがまだ驚いた顔をしながらそう呟く。
あの意味わからない女……まさか、わざとここに来てた…?
だって、私が今日連れてこられなければここは今もあの女と椿くんの2人だけだったはずだ。
それを狙っていたとしたら…
あいつは、危険だ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。