第5話

失望・絶望・憎悪
「はぁ……」

龍也先生が来るまでは少し時間がある。早く会いたくて仕方なく、僕は何度も窓の外を覗き込んだ。今度はどんな面白い問題を持ってきてくれるのか、どんな話をしてくれるのか、それだけが楽しみで仕方なかった。

「早く来ないかな…」

その時だった。

(コンコン)
「真宙、入るぞ」

「…ッ、父さん…?」
部屋に入ってきた父さんの手には封筒が握られていた。父さんは僕に近寄ると思い切り僕を抱き締めて来た。

「えっ、と、父さん…?どうしたの?」

「真宙。喜べ、お前にいい話がある」

「いい話?」

「あぁ…凄くいい話だ」
僕から離れると父さんは僕の机に封筒を置いた。そこに書かれてあるのは、一区大学の封筒、僕は嬉々とした目で見上げる。

「父さん、もしかして…!」

「ああ。聖が有能さを認められ小学校も飛ばして大学に入れる事になった。恐らく世界で最年少の大学生になるだろうな」

「………えっ…」
言葉を失った。
聖が?……あいつはまだ、6歳なのに?!
僕の方が、負けた?

「これでこの家は将来安泰だ、聖がこの家を継ぐ。お前はこの家に置いといてやるが、聖の機嫌を損ねれば…四等区へ行ってもらうからな」

「そんな…っ!どうして!?」

「当たり前だろうがッ!! 今のままでずっと居られると思ったか!? 甘えるな!! この一等区で馬鹿は要らん。お前のような出来損ないがこの家に居ること自体が恥なんだよ!! そんな事も分からないのか!」

「…ッ!あ、あんまりだ…僕は必死に勉強してる!努力だってしてるのに!それなのにどうしていつも僕の事を認めてくれないんだよ!」

「口答えするのかこのクソガキがッ!」

── バチンッ!

そんな甲高い音と共に僕の体は床に崩れる。こんなのってない…どうして…。

「気が変わった、聖の入学手続きが終わるまでに貴様は四等区へ行け。さっさと今から支度でもしておくんだな。家庭教師のアイツには絶対に言うんじゃないぞ、分かったな真宙」

「……ッはい…」
部屋のドアが閉められる。
僕は床に突っ伏した、涙が止まらない。いつも僕だけが除け者扱い。今度は四等区…。
あそこに行くという事はもう二度と一等区へ戻ることはないし、この地区から僕という存在や名前は全て抹消されるんだろう。

「ッ…くそ、くそ、くそッ!!」

思い切り床を殴る。両手を固く結びただ床を殴り続けた。僕が何を間違えたと言うんだろう。腹が立って仕方が無い…どうしてなんだ…。
「どうしていつも僕だけが……」

憎しみの思いが込み上げてくる。これだけ頑張っているという思いは間違っているのか?僕みたいな人間が努力した所で…何も意味は無い。一等区に住んでるから偉い?四等区に住んでいるから奴隷だと…そんな事…ッ許されて…!

「…真宙、大丈夫か?真宙!」

「はッ…!」

「真宙。どうした、何で、泣いてるんだ?」
部屋に入ってきた事さえ気が付かなかった。僕は彼に抱き着いてただ泣きじゃくった。

どれだけ努力しても僕の力は認められない。
褒められることもない。最終的に捨てられる…何故…僕が一体何をしたと言うんだッ!
「真宙…何があった?話せるか?」

「父さんは僕を捨てるつもりなんだ!この一等区から!四等区に!聖が一区大学に入学する、僕みたいな人間はもう用済みなんだ!!!」

「何だと…四等区に!?」

「僕は…この家にとって、ゴミなんだ。僕が勉強出来ないから、だけど弟の聖は僕を超えた能力を持ってる。だからこそ…僕は…」
助けを求めるように彼を見上げる。

「…先生…?」

「…クク……ッ…ククク…あはははははッ!」

「…へ…?」

その時の先生の顔は、狂喜に満ちていた。頭を抱えて目を見開きながら天井を仰ぎ、ただただ高笑いを繰り返していた。僕は意味が分からなくて彼のそんな行動に恐怖が襲う。

「龍也…先生…?」

「…ククク…あぁすまない…。人間があまりにも愚かな生き物だと思ったら笑いが止まらなくてな。一等区の人間が四等区よりも劣っていると見せ付けられるチャンスじゃないか」

「それ、どういう……」

ただ意味も分からず困惑する僕を、今度は優しい目で見つめ彼の手が僕の体を抱きしめた。そして僕の耳元で彼は呟く…。

「…俺がお前を、助けてやる…だから何も心配するな真宙…」

僕はただ、彼の腕の中で静かに頷いた…。