第26話

2万人の人質③
「部屋を出るにも誰かが監視しているはずだ。だから下手に外へ出る事は出来ない」
「うん。そうだね。どうする?」
「部屋を出るにはそれなりの理由が必要だ。絶対にこの場から離れないと行けない理由がな」

俺は鞄からある薬を出した。それは昔の知り合いがくれたもの、風邪のような症状を引き起こす薬で時間にして半日。

「これは風邪のような症状を引き起こす薬だ。これは飲んでも体に害はない、偽の風邪ウイルスが風邪と同じ状態にする。熱も出る。それを緩和する薬もある、これでホテルの外へ出ようと思う」
「これを僕が飲んで重体と見せかけてホテルの外に出るって事だね」
「ああ、そして探りを入れる。機会を伺うんだ。だが戻らないと怪しまれる、上手くやるには恐らく1秒も無駄には出来ない。やれるか」
「やるよ、僕。リュウの役に立ちたい!」
「……分かった。それじゃ……」

俺は真宙に薬を渡した。それを緊張の面持ちで真宙は飲んでいく。効き目が出るのは数分後、そこからが勝負となる。

「……っはぁ…うぁ……」
── ドサッ
「真宙! 大丈夫か!」
「ま、しゅー…でしょ…さっきからずっと、真宙って……ばれちゃう、よ…はぁっはぁ…」
「す、すまん。大丈夫、か?」
「大丈夫ッ…だから。リュウ…助かろう、ね」
「…ああ!」

俺はすぐさまフロントへ電話をかける。恐らく出るのはあの男だ。

「はい、こちらフロントでございます」
(スイートルームの……男)
「すまない! 子供の風邪が悪化して苦しそうなんだ! 病院に連れて行きたい! 頼む!」
「……分かりました。私がそちらへ行きますので少しお待ちください」
(どうせ嘘だ……拳銃で撃ち抜いてやる)
「分かった…早くしてくれ、苦しそうなんだッ…待っている」
「かしこまりました」
(演技にしては気迫が…行ってみるとするか)
真宙を見ると本当の風邪のように苦しんでいた。汗もすごい上に顔も赤い。俺はそれがすぐに治るものだとしても、その苦しげな様を見るのが辛く抱き上げ抱き締めていた。

「大丈夫…ッ。大丈夫…だよ、リュウ」
「マシュー…」

── ピンポーン
「神木原様、様子をお伺いに来ました」

俺は真宙を抱いたまま部屋のドアを勢いよく開けた。そこには驚いた顔のあいつがいた。

「頼む、苦しそうなんだ…病院に…ッ!」
「わ、分かりました。今救急車を──」
「そんなもの遅い! 近くに病院がある! そこまで連れて行ってくれないか! あんた運転出来るか!」
「わわ、私がですか!?し、しかし──」
「このまま子供を見捨てるのか!」
「ッう……し、仕方ありません。分かりました、すぐに手配します」
(面倒な事に巻き込まれたッ…くそっ! だがここで逃げられては困る!)
「ああ、頼む。早くしてくれ!」
(ここでこいつが外に出れば…チャンスがあるはずだ!)

俺は薬と折りたたみのナイフをポケットにしまい込むと部屋を出た。エレベーターで下へと降りる。

「マシュー、大丈夫か?」
「はぁっ、はぁ…ッパパ…」
「…………親子、ですか」
「ああそうだ。この子は大切な子だ…ッ」
「……着きました。ロビーで待っていて下さい」

ホテルの前に取材陣はいない。あれからテレビを消してしまいどうなったのか分かりゃしない。だが……今度こそ…。

「リュウ…僕、気付いたんだけど…」
「どうした?」
「遊園地の、男は……捕まった、よね?」
「…………確かに、そうだ」

どういう事だ。俺は顔と声を覚えるのが得意だ。職業病とでも言うのか、殺した奴の顔と名前は忘れない。あいつは殺しはしなかったが、なんでまた……。

「お待たせしました、行きましょう」
「……あ、ああ。マシュー、すぐ病院に着くからな。もう少しの辛抱だぞ」
「んッ……パパ…」

俺は真宙を抱いたまま助手席に乗り込む。ホテルマンの男はサングラスをかけていた。素性がバレないように警戒でもしてるかのようだ…そう思った。男が運転する間、俺はただ子供を心配する親であり続けた…。