第2話
雪ふり、つもる
「··········じゃあわかった。明日もこの時間にここで会おう。もうすぐ夜明けだ。家族にバレたらやっかいだろう?」
今日は平日。そろそろ学校へ行く準備もしなくちゃならない。両親に深夜の外出がバレたら面倒だ。
「明日··········か。」
顔をあげて、疑うような眼差しを僕に向けた。
「絶対だ。約束する。」
「わかった。」
意外とあっさりと承諾した。
しかし、光が宿らない瞳のまま、ほとんど呟くように口を動かした。
「今日が最初で最後だったりして。」
それは僕に対する言葉ではなかった。
まるで自嘲するように口の端をあげるのだ。
僕はそれを見逃さなかった。
_______________だから、嫌だった。
彼女が抱えている『秘密』があまりにも生々しく、重大そうだから。
あの手の冷たさは、陶器のような白さは、ただ事じゃないと、既に僕は悟っていた。
『絶対だ。約束する。』
そういった次の日、僕は公園に行かなかった。これ以上面倒なことに巻き込まれるのはごめんだったし、僕に話したところで彼女がどう変わるわけでもないだろう。
自分のこと以外に頭を使っている余裕はない。
夜に追われることで手一杯だ。
.......
「続いて、関東甲信越です。明け方にかけて各地で二十センチの積雪が予想され·····」
ラジオから流れてきた天気予報。
約一年ぶりの雪が降るとのことだった。
「あいつ、どうなったんだろう。」
約束をすっぽかしてから、一週間は経っていた。そのことに対する罪悪感はわかなくて、逆にそっちの方に罪悪感が芽生えた。
風呂に入って、本を読んで、時計を見たらもう二時になっていた。
少しだけ窓を開けてみる。
「雪··········」
粉砂糖のような白い結晶が、わずかながらもとめどなく降りそそぐ。
その寒さにピシャリと勢いよく閉めた。
窓枠を触った指先も、一瞬で体温が奪われた。
「··········」
僕はGパンとジャンパーという、この前とまったく同じ装備をして、再び夜をすり抜けた。
念の為に、傘を二本玄関先から抜き取ると、スニーカーで駆け出す。
念の為、だ。
結論から言うと、あの日の僕の判断は間違っちゃいなかった。
彼女はひとりでブランコをこいでいた。髪の毛にも鎖を持つ手にも、雪がつもりつつあった。
ずっと、僕を待っていたという。
「あれから毎日来てたのか?」
「もちろん。」
僕が約束を守らなかったと気づいても、それでも彼女は来た。
「自信があった。」
「何の?」
「絶対、君が来るって。」
「来ないつもりだったよ。」
本当だ。僕は寒いのが嫌いだから。
「でもほら、」
僕をじっと見る。
「やっぱり来てくれたじゃん。」
人形のように均一な白い肌。鼻の先だけうっすらと赤く染めて、ふふっと笑った。