第4話
カゴの中の死神
恐怖の始まりはある日の夢だった。
僕は、自転車にひかれた。その拍子に転んだ僕は左腕を骨折して、右足を捻挫してしまった。
目を覚ました時、夢でよかったと胸を撫で下ろした。用心しながら学校へ向かった。
ここだ。
ここの信号ら辺でひかれたんだ。注意しないと·····。
僕は左右を5回も見て横断歩道を渡った。前方後方、どちらにも自転車の影はなかった。
はずだった。
次の瞬間のことだ。
あれは確か意識を失う前の最後の記憶。
ランドセルを背負った僕に、金属の塊が降り掛かってきた。ペダルと、タイヤと、ハンドル。それだけは確認できた。
目を覚ますと、僕はベッドの上だった。包帯がぐるんぐるんに巻かれ動かせないように固定されている。
「・・・夢と、同じ?」
赤になりかけの、黄色信号で勢いよく通り過ぎた軽トラ。その荷台に積んであった廃棄自転車が落ちてきて、僕に直撃したという。
僕はたまたま夢を回避できなかったのだと思った。
こんなことが何度か繰り返された。
そして、気づいたのだ。
夢で見た過程は変えられても、結末は変わらないということ。
一日の流れを大きく変えてしまうことは出来ないのだ。きっと夢と結末が変わってはいけないのだ。
テストでどんな点数をとっても一日に大きな影響はない。掃除当番をしてもしなくても。
結末は揺らいではならない。
要するに、多少なりとも僕が夢と違う動きをしても、たどり着く先は同じなのだ。ゴールの先にマス目は続かず、ゴールをしない限り終わらない。
夢が見せる未来は、既に決められたものなのだと。
例えるなら、僕の人生はカゴに閉じ込められたカナリヤだ。カゴのなかでどれだけ羽ばたこうが所詮、カゴの中なのだ。
ふっと視界が真っ暗になる。
絶望に近い感情が頭の中を埋めつくした。
僕はそれから眠るのが恐い。
もう明日を知りたくない。
忍び寄る睡魔に気が付かないふりをした。
怖い夢を見てしまったら、僕はそれを黙って受け入れることしか出来ないのだ。ハッピーエンドはハッピーエンドのまま。バッドエンドもバッドエンドのままで。
神様が決めたレールの上を人間が走っているとするなら、僕はそのレールが見えるようになっただけのこと。
ただそれだけのはずだった。
どう頑張っても夢からは逃げられないという事実がやっぱり僕を苦しめた。
次第に僕は、希望を持てなくなっていった。どんな素晴らしい日だって、それはあらかじめ神様の台本に書かれた、想定内の出来事なのだから。
「眠くないよ!寝たくない!怖いっ、怖いんだよっ!」
何度も泣きわめき、両親や祖母に訴えた。
でも分かってもらえるはずがないのだ。
なにしろ、彼らは神様の敷いたレールの存在にすら気が付いていないのだから。
眠くなってぐずり始めたとしか思われなかった。
「いい加減にしろ!」
そう父親に怒鳴られた時、この人たちに何を言っても変わりやしないよな と、他人事のように思った。
これは僕だけが抱えなくちゃいけない苦しみなんだと。諦めが心を覆い尽くした。