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第1話

闇夜の白雪
 ある日、僕は家を抜け出した。

長い夜に、耐えられそうもなかった。


深夜の、テレビ番組さえやっていない時間。Gパンにはきかえ、ジャンパーを羽織り、ひっそりと行われた家出。

玄関のドアノブを息を止めながら下ろし、その手にぐっとに力を込めて押す。

冷気がどっと流れ込み、ドアがわずかに開いた。

そこから右足を出した時、夜の隙間を音を立てずに切り裂いたような気がした。

それは夜を抜け出す、合図だ。

走って、走って。

靴のそこから感じるアスファルトの冷たさも、

呼吸がしづらいことも、

気持ちを高揚させ、

喜びの一部となっていく。


どうしてもっと早くやらなかったのだろう。

・・・しかし、気づいてしまった。

走ったのはいいが、たどり着く先がなかった。

こんな時間にコンビニにいたら間違いなく補導されるし、同じ理由でほかの場所にも行けない。

成長期前の僕は、同年代の女子と身長があまり変わらなかったのだ。下手したら中学生であることも分かってもらえないかもしれない。

情けない気持ちを押さえつけ、視界に入った公園のベンチに腰掛けた。

こんなこと、わかりきっていたはずなのに、ふつふつと冷たいマグマが煮えたぎる。

いつだってそうだ。

結局僕のこの行動は、この行動でさえも、既に知られていて。その事に僕は何年も前から気づいていて。

なのに、何を今さら悔しく思う必要があるんだろう。

何に期待する必要があったんだろう。

(バッカだよなぁ。)

本当に、バカだ。俺はバカだ。

浅はかに喜んだ二十分前の自分を殴ってやりたい。


うなだれて、真っ黒な地面を睨みつけていた。今、この足元に予知夢から伸びたレールがある気がしてきて、憎らしく思えたのだ。

その時、ギィーと古ぼけた音がした。

引き寄せられるように顔を上げる。

目の前のブランコを、ゆっくりとこいでいる少女_______________僕と同じくらいだろうか。

僕よりバカなやつがそこにいた。

「·····え、なんでこんな時間に。」

幽霊か?と、一瞬、非現実的な事が頭をよぎる。

僕の言葉が聞こえたのか、こちらを見ていた。子猫が草むらから周囲を覗くみたいな、好奇心が隠しきれない色だ。

ブランコを止めることなく、勢いに乗ったままふわっと飛び降りた。本当に猫のような軽い身のこなしだった。僕は「うわぁ・・・」と感嘆をもらす。

「なんで君はここにいるの?」

アーモンド型の目をキラキラさせている。なぜだか声は楽しそうに弾んでいた。

「き、君こそ·····」

公園を囲むように立ち並ぶ街灯が、僕たちに光を注いだ。

ニットのワンピースから伸びた足も、耳あての間に挟まる顔も透き通るような肌はこの世のものとは思えないほど幻想的だった。

「幽霊··········?」

先程は飲み込んでおけた言葉が、遠慮なく喉から飛び出す。


「化け物とかは言われたことがあったけど、幽霊ははじめてだなぁ~。」

ゆーれーの方が響き的に好きだけどね、なんて言って肩を揺らす。

「ゆーれーは夜が嫌いなのです。」

なんてことないように、また笑う。

細めた目の下は黒く窪んでいた。くっきりと、深く。耳にかけた髪がサラリと落ちた。

「眠くないの?明日も学校あるでしょ?」

「あるね・・・。もちろん眠いけど、寝たくないんだ。」

「へーぇ。なんだかとっても私に似てるね。」

声がワントーン高くなった。僕を頭のてっぺんから靴のつま先までをまじまじと見ている。

「眠れない少年とゆーれー少女は、月明かりの下、導かれるように出会いました··········!なんか小説の冒頭みたいだね。」

なんて他人事のように、楽しそうだ。

「そんな綺麗なものじゃないよ。」

眠れないのは、苦痛でしかない。

「綺麗じゃないから、どう綺麗に見せるかが勝負なんじゃん。」

彼女はいったい、誰と何の勝負をしているというのか。

「君がはじめてのお友達だよ。夜のお友達。あと、私は『君』じゃなくて『未莉』だから。」

「君と友達になった覚えはないけど。」

「まぁでも、こんなに共通点もあって会話が成り立つんだから、私たちは友達でしょ。」

彼女の言葉には有無を言わせない威圧が込められていた。

「君にとっての、昼のお友達は?」

「うーん、クラスメイト?部活のチームメイト?」

どうでもいっか。

そうつぶやくと、僕の手を掴んだ。

背筋にピリッとした痛みがはしる。僕は反射的に手を引いた。

「え、?何?」

ドライアイスに触れてしまったみたいだ、と思う。

「冷たい?冷たいでしょ?」

これは彼女にとって想定内のことだったのだろう。寒空の下ブランコをこげば誰でも身体は冷えきる。そうだけど、そうじゃない。もっと芯から熱がない。

「夜のお友達第一号の君に、私の秘密を教えてあげよう。特別だよ!」

こくんと首を傾げた。

街灯のせいなのか、月のせいなのか、微笑む顔が青白くうかびあがっているように感じられた。

その笑顔が不気味に感じて、僕は首を振る。

「いや、いい。君の秘密はまだ知らなくて大丈夫だ。よく知りもしない僕なんかに、そんなこと言う必要ないだろ。」

そう言うと、彼女は弱々しくうつむいた。

その行動からは、彼女の感情をうまく読み取れなかった。静けさだけが居心地悪そうに通り過ぎる。

さっきまでの元気が嘘のように彼女は口をつぐむのだ。