第10話

箱庭からの旅立ち
845
2021/09/09 04:00


 2日ぶりのユリシーズは少し顔色が悪くて、ちゃんとご飯を食べていないように見えた。

深海聡乃
深海聡乃
ユリシーズ! 顔色が悪いよ。ちゃんと寝てる? ご飯は?
ユリシーズ
ユリシーズ
大丈夫だよ。少し魔力を使い過ぎて体にひびいてるだけだから
深海聡乃
深海聡乃
もうこんなことやめよう? 話を聞かせて。何を思っているのか私に教えて
ユリシーズ
ユリシーズ
……嫌だ
深海聡乃
深海聡乃
っ! ……いじけてる子供みたい


 そう呟くと、ユリシーズは耳を赤く染めて口を開く。

ユリシーズ
ユリシーズ
仕方ないだろう! 君を帰したくないんだ。ずっと一緒にいたい


 ユリシーズは目に涙を溜め、それが流れ落ちてしまう前に自分の手で拭い取った。

ユリシーズ
ユリシーズ
……やっと見つけたんだよ。聡乃となら寂しい思いを埋め合える。俺と魔女さんみたいに
深海聡乃
深海聡乃
そんなに、私のことを信頼してくれてたんだね。ありがとう。けど、ごめんね


 ユリシーズは私に覆いかぶさるように抱きついてくる。

 けど、それはいつものような優しさではなく、「いかないで」と縋っているようだった。

深海聡乃
深海聡乃
ユリシーズをね、1人ぼっちにさせたいわけじゃないの。私が向こうで自信を持てる自分になったら、また戻ってくるっていうのはどう?


 そう聞いてもユリシーズは何も答えてくれない。

深海聡乃
深海聡乃
じゃ、じゃあ、……そう、遊べる時間をね、もらおうと思ってるの。毎日、箱庭に遊びに来るよ!


 それでもやっぱりユリシーズの反応は見られない。

深海聡乃
深海聡乃
……ユリシーズ
ユリシーズ
ユリシーズ
もう大丈夫だよ。今は充電中だから、もう少しこのままでいさせて
深海聡乃
深海聡乃
うん


 ユリシーズの首に腕を回すと、私はそのまま軽々と抱き上げられてしまう。

ユリシーズ
ユリシーズ
帰ろうか
深海聡乃
深海聡乃
え、今から?
ユリシーズ
ユリシーズ
明日になったら俺の気が変わってるかもしれないからね。今のうちに逃げておいた方が賢明だと思うよ
深海聡乃
深海聡乃
逃げるなんて……そんな
ユリシーズ
ユリシーズ
今までごめんね。……話したら絶対こうなると思ったんだ。聡乃を苦しませたいわけじゃないから、俺は結局こうするしかない
深海聡乃
深海聡乃
……ねぇ、また戻ってきちゃダメなの?
ユリシーズ
ユリシーズ
もし、またうまくいかなかったなら迎えに行くよ。けど、聡乃が思い描く自分になれたなら、お別れだ
深海聡乃
深海聡乃
どうして?
ユリシーズ
ユリシーズ
振り返らずに前を向いて歩いてほしいから。俺たちはいつか聡乃の自由を奪ってしまうかもしれない。そうならないようにだよ
深海聡乃
深海聡乃
……


 ユリシーズは私の頬にキスをして微笑みかけてくれる。

ユリシーズ
ユリシーズ
こんな暗い話はやめよう。そうだなぁ、少し思い出話を聞いてくれる?
深海聡乃
深海聡乃
うん、聞きたい
ユリシーズ
ユリシーズ
俺は聡乃と同じようにここに迷い込んだ子供だったんだ。優しい魔女さんと暮らして、俺は彼女に恋をしてしまった。死ぬ間際にね、魔女さんは俺を別の平和な世界に帰そうとしたんだ。きっと、俺をこの箱庭に縛っていると勘違いしたんだろうね。もう大人の俺が泣きじゃくって駄々をこねるもんだから、随分困っている様子だったよ


 懐かしそうに話すユリシーズはとても幸せそうだった。

ユリシーズ
ユリシーズ
魔女さんとこの箱庭で過ごす日々はとても幸せだった。ここで生きていくのが俺の人生なんだ。聡乃が現実を忘れたくないと思ったように、俺もここでの魔女さんとの思い出を忘れて生きていくのなんて無理だったんだ
深海聡乃
深海聡乃
私とユリシーズはすごく似てたんだね
ユリシーズ
ユリシーズ
そうだよ。だから、俺は君の幸せを願って送り出す。また辛いことや悲しいことが待っているかもしれないけど、聡乃なら大丈夫。現実に立ち向かえる強さが君にはあるから
深海聡乃
深海聡乃
ありがとう。……ユリシーズ、きっと、魔女さんはずっとどこかで見守ってくれているよ。ユリシーズの幸せをずっと願ってる
ユリシーズ
ユリシーズ
そうだね。彼女のことだからすっごく後悔していそうだけど、俺は幸せだって伝わるかな?
深海聡乃
深海聡乃
伝わるよ。きっと、伝わってる
ユリシーズ
ユリシーズ
そっか、そうだといいなぁ


 ユリシーズは私を地面に下すと、ゆっくりと立ち上がる。

 小刻みに震える手が私の目をふさぎ、深く息を吸う音が聞えてくる。

ユリシーズ
ユリシーズ
さようなら、聡乃
深海聡乃
深海聡乃
……うぅん、やっぱり、また会おうね。ユリシーズ、私絶対会いに来るから
ユリシーズ
ユリシーズ
ははっ、じゃあ、自力でおいで。いつまでも待ってるよ


 ユリシーズの顔は見えないけど、きっと、私を笑顔で見送ってくれている。



ユリシーズ
ユリシーズ
森の精よ、幾億の時を超え、時空を超え、彼の人をあるべき世界へ帰したまえ


 温かな光に包まれる感覚と一緒に、私の意識は奥深くへと沈んでいった。











ベラ
ベラ
ちゃんと帰してあげたの?
ユリシーズ
ユリシーズ
もちろん。家のベッドの中に送ってあげたよ
ベラ
ベラ
そう、なら安心ね
ユリシーズ
ユリシーズ
……ベラ、ずっと俺なんかのそばにいてくれてありがとう
ベラ
ベラ
なによ急に。……私はあなたの使い魔よ。嫌って言われたって離れたりしないわ







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