カーテンから漏れた日差しが眩しくて目を覚ますと、枕からふわっとミントとラベンダーの香りがした。
驚いて起き上がろうとしたけど、うまく身動きが取れない。
意識がはっきりして感じたのは、背中にぴったりとくっついている人の温かさと、頭上から聞こえてくる寝息、そして、私の腰に回されている腕の感触。
寝転んだまま頭上を見上げると、眠っているユリシーズが鼻の先にいた。
大きなユリシーズの体にすっぽりはまっていて、私は信じられないほどの密着度に耐えられずダンゴムシのように丸まった。
ユリシーズを起こさないようにそっと抜け出し、私は急いでリビングに逃げ込む。
昨日片づけたはずの部屋はまた本の山で溢れていて、その中でベラは一冊の本を広げていた。
肉球で器用にページをめくり、字を目で追っている。
私はお父さんに決められた読書の趣味をずっと続けていた。けど、それは全部医学関係の本ばかりで、今思うと読んでいても面白くなんてなかった。
面白いと思える趣味があって、そのために本を読んでいるベラが羨ましい。
ボーっと眺めていると、彼女は私を見て別の本を探し始める。
床に積んである本のタイトルを見ていくけど、読みたいと思えるものが見つからない。
けど、そういう興味とは別に、気になる1冊が目に入る。
その子がどんな心の傷を抱えていたのか、今はここにいないその子がどうなったのか。気になった私は表紙に手を伸ばしていた。
ユリシーズは長い髪を1つに結びながらリビングに入ってきた。
ユリシーズの前でその日記を読むのはなんだか気が引けて、私は元あった場所にそれを戻した。
キッチンへ向かったユリシーズを追いかけようとすると、ベラが目の前に立ちふさがる。
そうして連れてこられたのは、かわいい猫足バスタブのあるお風呂場だった。
私が汗を流して体を洗い終わると、ベラはバスタブにお湯を溜め始める。
誰かにあって私にないものは前からたくさんあったけど、お父さんとお母さんが必要ないって言えばそうなんだと信じていた。
用意してくれていた白いワンピースを着て、私は髪を拭きながらリビングに戻る。
私に気付いたユリシーズがひょっこりとキッチンから顔をのぞかせて笑いかけてくれる。
お皿に盛られたのは目玉焼きとベーコン、焼いたスライストマト。あとは、お豆のスープと真ん中の大皿にサンドイッチがたくさん。
ユリシーズの料理はどれも美味しくて、私は夢中になって食べた。いつのまにかユリシーズとベラはサンドイッチを取り合って、言い争いをしている。
私は思わず笑ってしまい、それを見た2人は嬉しそうに微笑みかけてくれる。
賑やかで楽しくて優しい世界。この時間がずっと続けばいい、私はそんな風に思い始めていた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!