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第1話

約束といじめ
3,528
2021/07/08 04:00


 私が幼稚園生になった日、お母さんとお父さんは私を愛おしそうに見つめてこう言った。

お母さん
いい? 聡乃。お母さんとお父さんとの約束は絶対に守るのよ
深海聡乃
深海聡乃
約束……、守れたら聡乃は良い子?
お父さん
もちろん。将来はお父さんたちみたいな良いお医者さんになろうな
深海聡乃
深海聡乃
うん! 私、良いお医者さんになる!!


 忙しい両親の気を引きたかった私は、すべて「約束」通りにした。

 ご飯や寝る時間、勉強、趣味、洋服、それから友達も、何もかも2人が選んだものにした。

 最初はそれだけで褒めてもらえた。ご褒美として、忙しい両親の貴重な休みの日に遊びに連れて行ってもらえたりもした。


 けど、中学2年生の今、約束を守るのなんて当たり前で、2人と顔を合わせることさえなくなっている。

深海聡乃
深海聡乃
おはよう、洋子さん
洋子
おはようございます。今朝、旦那様から言伝をお預かりしましたよ


 家政婦の洋子さんが手のひらで指したテーブルの上には、小さなメモがあった。

 そこには「返された試験の答案と問題用紙を書斎の机に置いておきなさい」と、事務的なことだけが書かれている。

深海聡乃
深海聡乃
(おはようの一言もない……)
洋子
さぁ、朝食のお時間です。今日も奥様が栄養バランスを考えてくださったメニューですから、朝から元気に過ごせますよ
深海聡乃
深海聡乃
……うん


 朝食を終えた私は制服に着替えて家を出る。

 見慣れた景色を横目に通学路を歩いていると、突然背中を押されるような衝撃。

 前に足を踏み出して何とか倒れずに済んだけど、そんな私の横を同じ制服を着た子達が通り過ぎ、舌打ちをする。

女子生徒1
あ、ごめんねー! ロボットちゃん!
深海聡乃
深海聡乃
(……絶対に友達になるなって言われた子達だ)


 その子達はクスクスと嫌らしい笑みを溢すと、通学路から外れて細道に入っていく。

 学校までの近道らしいけど、私は実際にそうなのかを知らない。

 「通学路以外の道は通らず、寄り道をしないこと」という約束があるから。

深海聡乃
深海聡乃
(まぁ、あの子達も近道もどうでもいいか。お父さんとお母さんが選ばなかったものなんて……私には関係ないし)


 学校に着き、授業の準備を整えてから、私は係の仕事をしようと教卓の前に立つ。

深海聡乃
深海聡乃
試験前に出されてた数学の宿題を集めます。後ろから前にプリントを回してください


 そう知らせると、鞄からプリントを出す人や焦りだす人がいる。そして、私の声を無視する人が半分ほど。

 結局集まったのはクラス全体の3分の1のプリントだけ。

深海聡乃
深海聡乃
(宿題出さないで困るのはみんななのに、……はぁ)


 予鈴が鳴るまで私が保管し、先生が教室に入ってきたのを見て提出しに行く。

深海聡乃
深海聡乃
先生、みんなの宿題のプリントです(こんな提出率、怒るだろうなぁ)
先生
おう、ありがとな……って、なんだお前ら!? 宿題やってないやつ多すぎだろ!
深海聡乃
深海聡乃
(やっぱり)
女子生徒1
えー、さっき深海さんが前に出て集めてくれた時にぃ、みんな出してましたよぉー?
深海聡乃
深海聡乃
(え? あの子出してなかったはず……)
男子生徒1
俺も出したー! もしかして、深海さんなくしちゃったの?
深海聡乃
深海聡乃
そんなことっ……!
深海聡乃
深海聡乃
(出してない人ばっか声あげて、なんでこんなことするの!?)
女子生徒2
え、ちがうでしょー。「友達」の分しか出してないんじゃないのー?


 その言葉で私を嵌めようとしている人たち全員が笑い出す。

先生
静かにしろー。テスト返しするぞ


 先生は何もなかったように授業を始めたけど、私にはあの嫌らしい笑い声がしばらく聞こえ続けた。




 いつからか、私は一部の同級生に無視されるようになって、最近はからかわれることが増えている。

 お父さんとお母さんが選んだ友達とは、挨拶をして昼食を一緒に食べるだけだけど、関係は良好。

深海聡乃
深海聡乃
(約束は破ってないから何も問題はない。……ないけど、いじめられてるなんて2人が知ったら、……失望するかもしれない)
深海聡乃
深海聡乃
(絶対秘密にしなきゃ)


 帰りのSHRも終わり、部活に所属していない私は鞄を持ってすぐに教室を出た。

 学校が終わっても、1日のタイムスケジュールは終わっていない。

 18時の晩御飯まで勉強をして、20時30分のお風呂までに勉強とヨガ、22時の寝る時間までは読書の時間と決まっている。

深海聡乃
深海聡乃
(約束通りの毎日を繰り返すのは当たり前。あと……何をすれば、また私を見てくれるかな?)


 下駄箱の靴を掴もうとするけど、その手は空を切ってしまう。

深海聡乃
深海聡乃
(靴が……ない)


 まさかと思いつつも、私は近くのゴミ箱を覗き込む。

 嫌な予感は当たってしまい、中には土埃まみれになって歪んでいる靴があった。

深海聡乃
深海聡乃
(辛くても我慢してるのに、約束通り頑張ってるのに、なんで……)


 汚い靴をそのままにして、私は上履きのまま校舎を出る。

深海聡乃
深海聡乃
もうなんで頑張ってるのかわかんないよ


 私は校門を抜けてすぐに家とは真反対の道に進んでいく。

 見慣れた町並みとは少し違うけど、やっぱり私の知っている景色とそこまで変わらなくて、感動なんて少しも感じなかった。

 心を占領しているのは、約束を破ったという罪悪感と、そんな気持ちも投げ出したいという願い。

深海聡乃
深海聡乃
(もう……帰りたくないなぁ)


 ふと、雑木林に囲まれた公園を見つけ、私は引き寄せられるように中へと入っていく。

 葉っぱの陰で少し薄暗いそこはなんだか落ち着いて、私は古びたベンチに座る。


 そんな時、聞きたくもなかった声が耳に入ってくる。

女子生徒2
今日のあのロボットの顔見た?


 いじめに積極的なあの子たちが公園の外を歩いていた。

深海聡乃
深海聡乃
(隠れなきゃ! 見つかったらまた何か……)


 慌てて雑木林の方へ走り込むと、足が低木に引っかかりいくつもの擦り傷が出来てしまう。

 けど、そんな痛みも気にせず、私は見つからないように草木の中でしゃがみ込む。

女子生徒1
あれはマジでウケたぁー
女子生徒2
わけわかんなくて固まっちゃってさー
女子生徒1
ホントあいつって自分一人じゃ何もできないロボットだよねぇ
女子生徒2
お父さんとお母さんがーってね
女子生徒1
そうそう~!


 「早くいなくなれ!」そう願いながら目をギュッとつむれば、涙が頬を伝って流れ落ちる。

???
???
もう大丈夫よ


 品のある女の人の声に驚いて目を開けると、そこには一匹の黒猫がいた。

 薄暗い雑木林の中にいたはずが、目の前には温かな日差しが差し込む森と石の家がある。

深海聡乃
深海聡乃
(ここ、どこ?)


 色白の長く綺麗な手が目の間に伸びてきたかと思うと、今度は優しく穏やかな男の人の声が聞こえてくる。

???
???
可愛いお客さんだね。いらっしゃい


 陽の光を吸い込んだような金色の長い髪をなびかせ、彼は膝をついて私の顔を覗き込む。

 その綺麗さに見惚れていると、伸ばされた手がそっと私の頬に触れて親指で涙を拭い取ってくれる。

深海聡乃
深海聡乃
だ、だれ? それに、ここは……


 彼の手から逃れて辺りを見渡してみても公園は見当たらず、あのいじめっ子達もどこにもいなかった。

ユリシーズ
ユリシーズ
俺は魔法使いのユリシーズ。ここは君の世界からは切り離れた俺の箱庭だから、あの女の子たちはいないよ。安心して







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