第4話

呪いのような約束
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2021/07/29 04:00


 朝ごはんを食べ終わると、2人は席から立っていった。

深海聡乃
深海聡乃
はぁー、お腹いっぱい
ユリシーズ
ユリシーズ
そうだね。あーあ、今日は何をしようかな?


 ユリシーズは棚から本を一冊手に取って読み始め、ベラは日向の窓辺で毛づくろい。

 私はそんな2人をぼーっと眺めていた。

ユリシーズ
ユリシーズ
聡乃も好きなことをしていいんだよ?
深海聡乃
深海聡乃
……あ、私、今までそういう時間がなくて、何をすればいいのか……
ユリシーズ
ユリシーズ
……じゃあ、聡乃がやりたいことを見つけてみよう
深海聡乃
深海聡乃
え?
ユリシーズ
ユリシーズ
色んな事に触れてみるんだよ


 「例えば……」そう言って手渡されたのは数冊の本。

ユリシーズ
ユリシーズ
聡乃、本は好き?
深海聡乃
深海聡乃
どう……だろう。医学関係の本はよく読んでたけど
ユリシーズ
ユリシーズ
じゃあ、こういうのは?


 動物の写真集や料理のレシピ本、植物図鑑、甘いタイトルの恋愛小説など色々。

ユリシーズ
ユリシーズ
本にはいろんな世界が詰め込まれてるから、触れるだけならちょうどいいかもね
深海聡乃
深海聡乃
この犬、かわいいね
ベラ
ベラ
そうね。そうやって少しでも気になるものを見つけていくのがいいんじゃない?
深海聡乃
深海聡乃
なるほど。私、ユリシーズみたいに……料理も作ってみたいかも。あと、植物もベラを見ていたら少し知りたいなって思って
ユリシーズ
ユリシーズ
生活の中から見つけるのもいいね。……あ、聡乃は魔法は使ってみたくない?
深海聡乃
深海聡乃
私に使えるの?
ユリシーズ
ユリシーズ
聡乃には魔法の素質があるからね。簡単なものなら今でも使えるよ
深海聡乃
深海聡乃
使ってみたい!


 ユリシーズは私の手に自分のそれを重ね、平を上に向けると目をゆっくりと閉じた。

ユリシーズ
ユリシーズ
目を閉じて森を吹き抜ける風を想像してみて。それはね、妖精さん達が走り抜けると起きる奇跡なんだ
ユリシーズ
ユリシーズ
開けていいよ。その子達に語り掛けるように、俺が言うことを復唱して
深海聡乃
深海聡乃
うん
ユリシーズ
ユリシーズ
風の精よ
深海聡乃
深海聡乃
風の精よ
ユリシーズ
ユリシーズ
可憐な乙女のごとく舞い踊れ
深海聡乃
深海聡乃
可憐な乙女のごとく舞い踊れ


 私の手の上に淡い黄緑色の光が集まり妖精の形に姿を変えていく。

 それが私の周りを踊ると優しい風が撫でるように吹く。

深海聡乃
深海聡乃
すごい! これ、本当に私がやったの!?
ベラ
ベラ
そうよ。ユリシーズは語り掛ける言葉を教えただけだからね
深海聡乃
深海聡乃
私……こんなことできるなんて、知らなかった
ユリシーズ
ユリシーズ
じゃあ今日から毎日が楽しみだね。聡乃が知らない自分にたくさん出会えるはずだ
深海聡乃
深海聡乃
私の知らない、私。……うん、楽しみ!


 知らないものに触れるのはとても楽しくて、私は夢中になって本を読み、目が疲れたら魔法の話を聞かせてもらった。

 時間はあっという間に過ぎていき、もう窓の外には月が見える。


 私の周りに散らかっていた本は羽ばたき始め、大きなお皿を持ったユリシーズがキッチンからやってくる。

ベラ
ベラ
聡乃、今日はパーティーよ
深海聡乃
深海聡乃
なにかお祝い事?
ユリシーズ
ユリシーズ
新しい聡乃の誕生日と歓迎会!


 ベラは魔法で部屋中に花を飾り、私にカスミソウの花輪をかぶせてくれる。

深海聡乃
深海聡乃
ふふっ、ありがとう


 今日は料理以外にもデザートが多く、テーブルに隙間なく並べられている。

 クマの砂糖菓子がのった2段ショートケーキと、カラフルなチョコスプレーがかかったカップケーキ、花とフルーツのゼリー。どれもかわいくて食べるのがもったいない。

深海聡乃
深海聡乃
ゼリーの中にお花が入ってる! かわいいね!
ベラ
ベラ
食用の花を砂糖漬けにしたものよ。私の自信作なの
深海聡乃
深海聡乃
ベラは料理もできるんだ!
ベラ
ベラ
魔法頼りになっちゃうけど、多少はね
ユリシーズ
ユリシーズ
聡乃、見て


 私の前に差し出されたユリシーズの手には小さな赤黒い石が乗っていた。

 彼が小さく何かを呟き始めると、それはパキパキと音を立てながら形を変えていく。

 やがて、くすんでいた色は鮮やかな赤に変わり、バラの形になっていた。

ユリシーズ
ユリシーズ
はい、俺からのプレゼント
深海聡乃
深海聡乃
すごーい、ありがとう! 今のなに? 物を変えたの?
ユリシーズ
ユリシーズ
物質的には変えたりしてないよ。ガーネットの原石を魔法で加工したって感じだね
深海聡乃
深海聡乃
思い通りの形にできる? 私もやってみたい!
ベラ
ベラ
それは聡乃にはまだきついわね
深海聡乃
深海聡乃
そうなんだ……
ユリシーズ
ユリシーズ
魔法には想像力も必要だから、色んなものに触れて感じて勉強すれば、聡乃にもいつか同じ物が作れるよ
深海聡乃
深海聡乃
うん! 明日もたくさん教えてね
ユリシーズ
ユリシーズ
もちろん
ベラ
ベラ
……


 そんな話をしていると、少しベラの表情が曇ったような気がした。

ベラ
ベラ
さぁ、じゃあ私の一発芸でも披露しちゃおうかしら
深海聡乃
深海聡乃
え!?(どうしたんだろう?)


 ベラは大きなボールを出してきたかと思うと、その上に飛び乗って片足立ちを始める。

 その姿はいつも冷静でクールなベラからは想像できない芸で、私は思わず吹き出してしまう。

深海聡乃
深海聡乃
あははっ、ベラっ! そんなことまで、ふふっ、できるんだっ! ギャップがっ
ユリシーズ
ユリシーズ
珍しいな。前に俺がやってって無理やり乗せた時はすぐに降りたのに


 ユリシーズはテーブルの上を見渡し、大きなワインボトルを持ち上げて振った。

ユリシーズ
ユリシーズ
っ!? ベラ、全部飲んだな?
深海聡乃
深海聡乃
酔ってるの?(じゃあ、さっきのはなんでもなかったのかな?)
ベラ
ベラ
私、お酒がだぁーいすきなのっ! これくらいじゃ酔わないわよぉ!
ユリシーズ
ユリシーズ
全く、完全に酔っぱらってるじゃないか
ベラ
ベラ
ほら、ユリシーズ! もう一本持ってきなさい!
深海聡乃
深海聡乃
あははっ、なんかこういうベラも新鮮でいいね


 やっぱり楽しい時間は過ぎるのが早くて、もう時計は10時を指していた。

深海聡乃
深海聡乃
あ、私そろそろ寝ないと!


 空いているお皿を重ねていると、ユリシーズに腕を掴まれて止められてしまう。

ユリシーズ
ユリシーズ
さっきまで楽しんでたのに、急にどうしたの?
深海聡乃
深海聡乃
え? だって、お母さんと10時には寝るって約束……っ! ごめんなさい!


 ここは家ではない。ユリシーズたちも私に自由にしていいと言ってくれる。それでも私はまだ呪いのように「約束」に縛られ続けて、自分でもどうすればいいのかわからない。

ユリシーズ
ユリシーズ
謝らないでいいんだよ。まだ、約束は忘れられない?
深海聡乃
深海聡乃
ず、ずっと……そうしてきたから
ユリシーズ
ユリシーズ
俺もね、早く寝るのはいいことだと思うよ。じゃあ、それはなんでだろう?
深海聡乃
深海聡乃
え……っと、健康に、いいから?
ユリシーズ
ユリシーズ
そうだね。けど、今の聡乃は心の健康を整えているところだから、やりたいことを優先するのも大事なんだ
深海聡乃
深海聡乃
……うん
ユリシーズ
ユリシーズ
寝るなって言ってるわけじゃないからね。聡乃はどうしたい?
深海聡乃
深海聡乃
……じゃあ、もう少しだけ……寝たくない
ユリシーズ
ユリシーズ
じゃあ、もう少し夜更かししちゃおうか


 ユリシーズは優しく私の頭を撫で、ベラも慰めるように足にすり寄ってくれた。

ユリシーズ
ユリシーズ
焦らなくていいんだよ。1つ1つ、どうしてそう言われていたのか想像してみよう。絶対そうしないといけない理由はないってきっとわかってくるから
ベラ
ベラ
……自由は誰にでも等しく与えられてるものよ。他人を過度に縛ろうとすること自体が間違いなんだから、気にすることないわ


 そう言ってベラはユリシーズの膝の上で体を丸め、気持ちよさそうに眠りにつく。

深海聡乃
深海聡乃
2人とも、ありがとう


 箱庭に来れて私はとても気持ちが楽になったと思う。

 1人じゃ考えることも、想像することもできなかった。


 ここで私は変われるような気がする。







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