第19話

ショムちゃんと喧嘩
283
2020/02/13 04:00
 師走の某日、火曜日の放課後。
 部長会議が来週に延期になった旨を全ての参加者に伝えた後、私は実里と共に決闘が行われる河原へ急いでいた。
蘭子
蘭子
 視界に入った黒い物体に、思わず実里の袖を引き止める。
 道端に停められていたのは、宇田川先輩のバイクだった。
蘭子
蘭子
実里、あそこ!
実里
実里
うん……見える

 付近に建てられていたモニュメントに咄嗟に身を隠し、私達は周囲の様子を窺う。
 川べりには十人ほどの学ラン姿の生徒に囲まれるようにして、宇田川先輩と橘先輩が背中合わせで立っていた。

 いつものようにのんびりした表情のまま、宇田川先輩は大きく欠伸をする。

宇田川
宇田川
……ふああ。俺、停学中だし何してもいいんだよね?
橘
バカ言うな。あくまで正当防衛だ
蘭子
蘭子
(――え)
蘭子
蘭子
(二人とも、いつも通り過ぎない……?)

 敵に囲まれている窮地をものともしない二人のやり取りが逆に怖い。
 案の定彼らの呑気な様子が癪に触ったのか、一人の男子高校生が低い声で唸った。

男子生徒
男子生徒
今日こそは本気出してもらうぞ、宇田川世那
宇田川
宇田川
笑わせるね~。お前らが本気出すに足りない存在なだけでしょ
橘
おい宇田川、相手を煽るな

 顔をしかめた橘先輩が咄嗟に嗜めたものの――

男子生徒
男子生徒
テメェ、調子に乗るのもいい加減にしろよ!!

 顔を真っ赤にさせた男子生徒は宇田川先輩に飛びかかった。

蘭子
蘭子
っ!!

 数秒後に訪れる惨状を想像し、反射的に目をつぶる。
 どさり、という音に恐る恐る瞼を開けば、先輩は涼しい顔で両手を払っていた。

宇田川
宇田川
うーん、昔の方がいい動きできてたかも。どう思う? 今の
橘
余計な口叩いてるとお前ごと黙らせるぞ
宇田川
宇田川
またまたあ〜

 そこはかとなく嬉しそうな宇田川先輩を目がけて、男子生徒が次々と襲いかかる。

宇田川
宇田川
よっ……と

 先輩は素早く身をかわすと、低い姿勢から相手を投げ飛ばした。

他校の不良
他校の不良
ぐあっ!
 空中に放られた生徒は背後に控えていた生徒に当たり、二人もろとも地面へひっくり返る。
 反対側から迎え撃つ橘先輩も、一切の無駄を感じさせない動きで相手の攻撃を封じて行った。

蘭子
蘭子
(二人とも……喧嘩強かったんだ……)

 二人が次々と相手を地面に転がして行く中で――
 橘先輩の背後に隙ができたのは、ほんの一瞬のことだった。

蘭子
蘭子
危ないっ!

 思わず声を上げた瞬間、ひゅんっと高い音が耳元をかすめる。
 目にもとまらぬ速さで投げられたボールはバットを振りかぶった男子生徒の手に直撃し、地面に金属が叩きつけられる高い音が鳴り響いた。

実里
実里
……許さない
実里
実里
生徒会長を傷つけようとする人も、間違ったバットの使い方をする人も

 小さく息を荒げ、実里の上半身がゆらりと動く。

蘭子
蘭子
今の……実里が……!?
実里
実里
話してなかったっけ? 私、中学の時ソフトボール部だったの
実里
実里
当時のあだ名……教えてあげよっか。――『市内最恐のデッドボーラー』

 ぱっちりとした瞳に、激しい憤怒の色が浮かんでいる。
 普段穏やかな人ほど、怒らせると歯止めがきかないようだ。

蘭子
蘭子
実里!?

 実里が河原へ向かって駆け出したのを皮切りに、周囲に隠れていたキプリウスのメンバーが次々と飛び出して行く。

男子生徒
男子生徒
ボス一人に任せっきりでいられっかよ!

 大人数が揉み合う中であちこちから怒号が上がり、現場は騒然となった。

蘭子
蘭子
ちょっと、皆……!!

 うろたえる私の背後で、「やだ、喧嘩?」と、徐々に人が集まって来る。

蘭子
蘭子
(まずい……このままじゃ騒ぎに……!)

 まさか一人で事態を収集することになるとは思わなかった。
 仕方がない、と小さくため息をつき、私はスピーカーを繋いだスマートフォンを地面に置いた。


 ウィィィィン!! とスマートフォンから大音量で流れるサイレンの音に、一同の動きがぴたりと止まる。
蘭子
蘭子
うわ~! 喧嘩だ~!!
蘭子
蘭子
すみませんー! 警察車両通るのでそこ開けてください!!

 計画では実里と二人で実行するつもりだったのだが――
 一人ぼっちになってしまったせいで、仕方なく私は周囲へ向かってありったけの大声を出す。

男子生徒
男子生徒
くそっ! サツかよ!
男子生徒
男子生徒
お前らさっさと逃げるぞ! キプリウスの奴等だけ捕まっとけ!

 顔を真っ青にさせた生徒達は地面に伸びていた面々を引きずり、気付けばあっという間に尻尾を巻いて逃げて行ってしまったのだった。

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