師走の某日、火曜日の放課後。
部長会議が来週に延期になった旨を全ての参加者に伝えた後、私は実里と共に決闘が行われる河原へ急いでいた。
視界に入った黒い物体に、思わず実里の袖を引き止める。
道端に停められていたのは、宇田川先輩のバイクだった。
付近に建てられていたモニュメントに咄嗟に身を隠し、私達は周囲の様子を窺う。
川べりには十人ほどの学ラン姿の生徒に囲まれるようにして、宇田川先輩と橘先輩が背中合わせで立っていた。
いつものようにのんびりした表情のまま、宇田川先輩は大きく欠伸をする。
敵に囲まれている窮地をものともしない二人のやり取りが逆に怖い。
案の定彼らの呑気な様子が癪に触ったのか、一人の男子高校生が低い声で唸った。
顔をしかめた橘先輩が咄嗟に嗜めたものの――
顔を真っ赤にさせた男子生徒は宇田川先輩に飛びかかった。
数秒後に訪れる惨状を想像し、反射的に目をつぶる。
どさり、という音に恐る恐る瞼を開けば、先輩は涼しい顔で両手を払っていた。
そこはかとなく嬉しそうな宇田川先輩を目がけて、男子生徒が次々と襲いかかる。
先輩は素早く身をかわすと、低い姿勢から相手を投げ飛ばした。
空中に放られた生徒は背後に控えていた生徒に当たり、二人もろとも地面へひっくり返る。
反対側から迎え撃つ橘先輩も、一切の無駄を感じさせない動きで相手の攻撃を封じて行った。
二人が次々と相手を地面に転がして行く中で――
橘先輩の背後に隙ができたのは、ほんの一瞬のことだった。
思わず声を上げた瞬間、ひゅんっと高い音が耳元をかすめる。
目にもとまらぬ速さで投げられたボールはバットを振りかぶった男子生徒の手に直撃し、地面に金属が叩きつけられる高い音が鳴り響いた。
小さく息を荒げ、実里の上半身がゆらりと動く。
ぱっちりとした瞳に、激しい憤怒の色が浮かんでいる。
普段穏やかな人ほど、怒らせると歯止めがきかないようだ。
実里が河原へ向かって駆け出したのを皮切りに、周囲に隠れていたキプリウスのメンバーが次々と飛び出して行く。
大人数が揉み合う中であちこちから怒号が上がり、現場は騒然となった。
うろたえる私の背後で、「やだ、喧嘩?」と、徐々に人が集まって来る。
まさか一人で事態を収集することになるとは思わなかった。
仕方がない、と小さくため息をつき、私はスピーカーを繋いだスマートフォンを地面に置いた。
ウィィィィン!! とスマートフォンから大音量で流れるサイレンの音に、一同の動きがぴたりと止まる。
計画では実里と二人で実行するつもりだったのだが――
一人ぼっちになってしまったせいで、仕方なく私は周囲へ向かってありったけの大声を出す。
顔を真っ青にさせた生徒達は地面に伸びていた面々を引きずり、気付けばあっという間に尻尾を巻いて逃げて行ってしまったのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。