キプリウスのボスをめぐる一件が落ち着いた後も、相変わらず私は生徒会の庶務として慌ただしい一日を送っていた。
そして、今日は二学期最後の日。
午前中に終業式を終えた校内は朝から浮わついた雰囲気で、早くも『メリクリ〜』『よいお年を』なんて声が行き交っている。
生徒会も本年の業務を無事に完遂し、生徒会室でお疲れ様会の一つでも開催しようか、なんて話をしていたのだけれど。
一枚の紙切れを手に、橘先輩は声を震わせる。
先輩の剣幕に縮みあがり、私は弾かれるようにして生徒会室を飛び出した。
* * *
演劇部が使用する倉庫で、暗幕にくるまって眠っていた先輩を叩き起こして生徒会室へ連行する。
部屋へ戻るなり、橘先輩はズビシ、と紙切れを宇田川先輩の鼻先に突きつけた。
眠気が覚め切っていない瞳でぼんやりと紙切れを見つめ、宇田川先輩は「あー、それね」と間延びした声で頷く。
領収書に書かれた金額は合計二万円。
突然降って湧いた高額な請求に、橘先輩は目くじらを立てる。
宇田川先輩の視線が、ずるりと実里へ動く。
橘先輩の隣で頬杖をついていた彼女は「今年の帳簿はもう締めてるのでダメですよ~」とぺろりと舌を出して見せた。
そもそも祝われた側の自分が支払うとかどういう原理なの、などとぼやきながら、宇田川先輩は請求書を渋々受け取る。
そして、生徒会長にくるりと背を向けて出口へ向かいざま――
ぐい、と、先輩は立っていた私の腕を引っ張った。
我ながらそれっぽく決めたつもりだったのに、妙な視線を感じて振り返る。
目力の強さに定評がある二人の瞳は、容赦なく私に向けられていて。
『今のは失敗だった』と悟ると同時に、背中を嫌な汗が伝った。
好奇と冷やかしが混じる二人の視線が痛い。
『ホームグラウンド』に居心地の悪さを感じてしまった以上、もはや私が従うべき相手は一人しかなくて。
しぶしぶ一歩踏み出した私の手を握り、宇田川先輩は生徒会室のドアを開けた。
生徒で賑わう廊下を歩きながら、宇田川先輩はにっこりと笑う。
先輩が本当に楽しい時に見せてくれる、無邪気な笑顔。
年齢よりも幼く見えるその表情を向けられると、何も逆らえなくなってしまうのだ。
たぶん、それは――
これからも、ずっと。
しっかりと繋がれた手にすれ違う周囲の注目が集まるのも厭わず――
冬の晴れ間の日差しが差し込む廊下を、私と宇田川先輩は駐輪場を目指して駆け抜けて行ったのだった。
(『ショムちゃんと放課後のボス』完。お読みいただきありがとうございました!)
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!