第23話

【最終回】ショムちゃんとその後
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2020/03/07 07:40
女子生徒
女子生徒
井瀬さん、購買の自動販売機の緑茶が売り切れてます!
蘭子
蘭子
はい!
他校の不良
他校の不良
理科準備室に幽霊が出たって報告が出てますが、見に行ってもらっていいですか?
蘭子
蘭子
はい……

 キプリウスのボスをめぐる一件が落ち着いた後も、相変わらず私は生徒会の庶務として慌ただしい一日を送っていた。

 そして、今日は二学期最後の日。
 午前中に終業式を終えた校内は朝から浮わついた雰囲気で、早くも『メリクリ〜』『よいお年を』なんて声が行き交っている。

 生徒会も本年の業務を無事に完遂し、生徒会室でお疲れ様会の一つでも開催しようか、なんて話をしていたのだけれど。

橘
……どういうことだ

 一枚の紙切れを手に、橘先輩は声を震わせる。

橘
宇田川世那を連れて来い! 井瀬!!
蘭子
蘭子
はいぃぃぃ!!

 先輩の剣幕に縮みあがり、私は弾かれるようにして生徒会室を飛び出した。



 *   *   *



宇田川
宇田川
メガネがお怒りって聞いたけど。俺なんかした?

 演劇部が使用する倉庫で、暗幕にくるまって眠っていた先輩を叩き起こして生徒会室へ連行する。

 部屋へ戻るなり、橘先輩はズビシ、と紙切れを宇田川先輩の鼻先に突きつけた。

橘
宇田川、どう言うことか説明しろ

 眠気が覚め切っていない瞳でぼんやりと紙切れを見つめ、宇田川先輩は「あー、それね」と間延びした声で頷く。

宇田川
宇田川
確かに先週はキプリウスで俺の停学明けおめでとう会をやったねえ
橘
だからって、どうしてオードブルとホールケーキの請求が生徒会宛に来てるんだ!!

 領収書に書かれた金額は合計二万円。

 突然降って湧いた高額な請求に、橘先輩は目くじらを立てる。

橘
宇田川。まさか俺への恩義を忘れたとは言うまいな
宇田川
宇田川
忘れてないって。停学明けが早まったのも、メガ……偉大な生徒会長様が教頭先生に根回ししてくれたそうですからねえ
橘
だったらこのふざけた真似を取り下げてくれ
宇田川
宇田川
いやー、食べちゃったものは食べちゃったからなあ
橘
いい加減にしろ

 宇田川先輩の視線が、ずるりと実里へ動く。

 橘先輩の隣で頬杖をついていた彼女は「今年の帳簿はもう締めてるのでダメですよ~」とぺろりと舌を出して見せた。

宇田川
宇田川
……はいはい

 そもそも祝われた側の自分が支払うとかどういう原理なの、などとぼやきながら、宇田川先輩は請求書を渋々受け取る。

 そして、生徒会長にくるりと背を向けて出口へ向かいざま――

 ぐい、と、先輩は立っていた私の腕を引っ張った。

宇田川
宇田川
んじゃ、ついでに蘭子ももらって行くから
蘭子
蘭子
え!?
蘭子
蘭子
ちょっと、ちょっと待ってください!
宇田川
宇田川
なに。用事は済んだけど
蘭子
蘭子
私の用が済んでません!
蘭子
蘭子
まだ飲料会社への連絡と理科室の幽霊退治が……
宇田川
宇田川
そんなの年明けでもいいでしょ。てゆーか、どうして蘭子はまだ生徒会にいるの?
宇田川
宇田川
あの日、俺が卒業したらキプリウスの次期ボスになるって約束してくれたじゃん
蘭子
蘭子
してませんよそんな約束……
蘭子
蘭子
いくら先輩とそういう関係になっても、私のホームグラウンドは生徒会執行部ですからっ

 我ながらそれっぽく決めたつもりだったのに、妙な視線を感じて振り返る。

橘
『そういう』
実里
実里
『関係』……?
 目力の強さに定評がある二人の瞳は、容赦なく私に向けられていて。

 『今のは失敗だった』と悟ると同時に、背中を嫌な汗が伝った。

橘
……井瀬。場合によってはしかるべき説明を要求するが
蘭子
蘭子
あ、いや、その
蘭子
蘭子
ご存知の通り、私と先輩は……付き合ってるってだけで
宇田川
宇田川
本当にそれだけ? 俺達の馴れ初め、メガネに報告しなくていいの?
蘭子
蘭子
余計なこと言わないでください!

 好奇と冷やかしが混じる二人の視線が痛い。
宇田川
宇田川
……じゃあ、俺と一緒に来るよね。蘭子

 『ホームグラウンド』に居心地の悪さを感じてしまった以上、もはや私が従うべき相手は一人しかなくて。

蘭子
蘭子
……すみません
蘭子
蘭子
皆さん、良いお年を

 しぶしぶ一歩踏み出した私の手を握り、宇田川先輩は生徒会室のドアを開けた。

宇田川
宇田川
ちょうど相談しようと思ってたんだよね~。冬休みの予定について

 生徒で賑わう廊下を歩きながら、宇田川先輩はにっこりと笑う。

宇田川
宇田川
だって、クリスマスも年末も、ずっと蘭子と一緒にいられる訳でしょ
蘭子
蘭子
……そうですね

 先輩が本当に楽しい時に見せてくれる、無邪気な笑顔。

 年齢よりも幼く見えるその表情を向けられると、何も逆らえなくなってしまうのだ。


 たぶん、それは――

 これからも、ずっと。
蘭子
蘭子
じゃあ、相談がてらお茶でもしませんか?
蘭子
蘭子
この前ネットで話題になってたようかんサンドのカフェ、昨日オープンしたみたいですよ
宇田川
宇田川
いいね。バイク出すよ

 しっかりと繋がれた手にすれ違う周囲の注目が集まるのもいとわず――

 冬の晴れ間の日差しが差し込む廊下を、私と宇田川先輩は駐輪場を目指して駆け抜けて行ったのだった。



(『ショムちゃんと放課後のボス』完。お読みいただきありがとうございました!)

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