本日何度目か分からないため息をつくと、一緒に弁当を食べていた実里が困ったような表情を浮かべた。
横江実里(よこえみのり)は、私と同じ生徒会に所属する一年生だ。得意な数学を活かして、組織では会計を担当している。
クラスは異なるが一緒にいる時間が長いことから仲が良く、昼休みはしょっちゅうどちらかのクラスに集まって一緒に弁当を食べる約束をしていた。
昼食を終えたタイミングを見計らうように、ピコン、と机の上に乗せていた私のスマートフォンがメッセージの受信を告げる。
『ヤツ』からのメッセージだ。気付かないふりを上手くすればやり過ごせたかもしれないが、つい反射的に既読を付けてしまったことを悔やむ。
尋ねると、実里は噴き出す。
* * *
購買で大量に残っていたようかんサンドを買い、私は指定された非常階段へと向かう。
ドアを開けると、階段に腰掛けた宇田川先輩が生徒で賑わう校庭の様子を眺めていた。
つい思い浮かんでしまった感想を慌てて打ち消し、私は彼に向かってパンを掲げた。
ようかんサンドを受け取った先輩はにっこりとパッケージを開ける。その名の通り、サンドイッチ用のパンの間に分厚いようかんとホイップクリームがたっぷりと詰まっていた。
彼はサンドイッチを二つにちぎり、私に向かって差し出す。
仕方なく受け取ったようかんサンドは、見るだけで胃のあたりがむかむかとする見た目だ。
弁当で満腹な上にこれを食べるのはなかなかしんどかったが、拒めば生徒会にどんな危機が訪れるか分からない。
覚悟を決めた私は目をつぶり、思い切って口に放ってみたが――
私の驚く顔を見て、彼は満足そうに笑う。
ようかんサンドの美味しさは認めるが、このまま彼の雰囲気に呑まれる訳には行かない。私は改めて居住まいを正した。
あいつらだって部活に入ってたりバイトしてたり色々あるでしょ、と宇田川先輩は口をもぐもぐさせながら言う。
掴みどころのない人物であることには変わりないが、こうやって実際に言葉を交わしてみると『宇田川世那』という人物について、これまでに感じていたものとは異なる印象を抱いていることに気付く。
そんな相手が今目の前でようかんサンドをかじっていると思うと、やや拍子抜けだ。
とりとめのないことを考えていれば、先輩は階段から立ち上がり、ふわりと私の目の前に降りた。
反応する間もなく先輩の端正な顔が近付き、べろ、と生温かい感触が頬を撫でる。
声にならない声を上げて飛び退く私の顔がさぞかし面白かったようで、先輩はこれまでにないほどご満悦な笑顔を浮かべた。
ごちそうさま、という能天気な声と共に背後で鉄製の扉が閉まる音がする。
泣きそうになりながら、私は一人、床にへたりと座り込んだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。