『もう治らない』その言葉を聞いてから1週間。私の耳は完全に聞こえなくなり、使い物にならなくなっていた。
それから私は、あんなに好きだった歌も聞いていない。
どうせ聞こえない。そう、確信してしまっていたから......
でも、その日は違ったんだ。
その日、私はなんとなく、空を見上げていた。青く、輝いている空に真っ白な雲。鳥も羽ばたいている。
この空を見上げていると、どんなことだってできそうな気がする。
そう思っていると、無意識のうちにイヤホンを耳に付けていた。
『今なら聞こえるんじゃないか』そう、思ったから。
そんな希望を胸に、再生ボタンを押した。
♪♪~~~♪~♪~♪♪~~♪♪♪♪~~~♪~~
歌が流れ出したのがわかった。
やっぱり聞こえなかった。
でも、1つ気づいた事がある。
~音は聞こえなくても、あの人の声は、私の頭に、心に焼き付いてるんだ~
だって、聞こえなくても頭の中であの人の声は、聞こえてるんだから。
耳が聞こえなくたって
あの人の声は
歌は
私の心に焼き付いてる
それで充分じゃないか
今までとは違う、明るい気持ちで私は1歩、踏み出した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!