第14話

14.イザークの正体
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2019/11/30 09:09

イザークは、もしかすると、先程のニーナとテオドールの会話を聞いていたのかもしれない。


ニーナはすぐにそう思ったが、イザークに聞きたくても、ショックのあまり言葉が出てこなかった。


「出て行く」というイザークの言葉を、脳内で反芻はんすうする。


イザークはニーナの顔を見て微笑み、やや寂しそうに表情を曇らせた。
イザーク
イザーク
最後に正直に答えてほしい。
ヴォルフガングとの結婚はしたい? したくない?
ニーナ
ニーナ
……!

その質問で、ニーナは確信した――やはり、イザークはふたりの会話を聞いていたのだ。


風呂に入っているからと、油断していた。
ニーナ
ニーナ
えっと……その……
イザーク
イザーク
……結婚したいとは、言わないんだね
ニーナ
ニーナ
えっ

すぐには返事できないニーナにイザークはそう呟き、しばし悩む仕草を見せた。


イザークが一体何を考えているのか、ニーナには分からない。
イザーク
イザーク
見ず知らずの僕を助けてくれて、仕事までさせてくれて、君には本当に感謝している。
何から何まで、助けてもらった。
初めてで戸惑ったことも、ニーナがいてくれたから、僕は乗り越えられたと思ってる。
本当に、世話になった
ニーナ
ニーナ
イザーク……
イザーク
イザーク
だから、今度は僕に任せて。
おやすみ

イザークはそう言って、一階への階段を降りていった。


静寂が辺りを包み、イザークがこれから何をするのか想像もつかないまま、ニーナもベッドへと潜り込む。


しかし、イザークが初めて家にやってきた日と同じように、なかなか眠くならなかった。



***



あれから深夜になってようやく眠れたものの、翌朝ニーナが起きてきた時には、イザークの姿はもうなかった。
ニーナ
ニーナ
あれ……? イザークは?
テオドール
テオドール
……明け方に出て行ったよ。
そこに、ニーナへの手紙がある
ニーナ
ニーナ
へっ? もう出て行ったの!?

別れの挨拶がまだできていないのに、イザークはさっさといなくなってしまった。


テオドールの言ったとおり、感謝の言葉が綴られた書き置きが、テーブルの上に残されている。



【ニーナ、これまで本当にありがとう。勝手で申し訳ないけれど、先に家を出ることにした。また、必ず会いに来るよ】



テオドールは彼の物音で起きて最後の挨拶ができたらしい。


ニーナはそれができず、寂しく思うと同時に、胸が痛む。


何か大切なものを失ったような、そんな感覚がする。



***



喪失感を抱えたままのニーナは、呆然とその日を過ごした。


テオドールですら、「寂しいな……」と口にするくらいだったのだ。




そして翌日。


ニーナが家の中を掃除していると、仕事中のはずのヴォルフガングが、慌てた様子で扉を叩いた。
ヴォルフガング
ヴォルフガング
ニーナ! いるか!?
ニーナ
ニーナ
ど、どうしたの……?

何事かとニーナが驚き、急いで扉を開けると、ヴォルフガングは息を荒らげていた。
ヴォルフガング
ヴォルフガング
これを、見てくれ……!
ニーナ
ニーナ
なに? ビラ?
ヴォルフガング
ヴォルフガング
さっき、飛行船から大量にばらまかれたんだ!

国からの知らせを周知させるために、こうしたビラは下町にも時折配られるので、珍しいことではない。


彼が焦っているのはその内容だと分かって、ニーナは紙面をじっと見た。
ニーナ
ニーナ
えっ……!

そこには、第二皇子・アレクシスの似顔絵と情報提供依頼の旨が載っていた。


アレクシスは随分ずいぶん前から行方不明になり、皇宮側が秘密裏に捜索してきたらしい。


しかし一向に見つからず、皇子の身を案じ、切羽詰まった皇宮側が急遽、国中に公表を決めたということだった。


それだけなら、ヴォルフガングもニーナも、驚きはしなかっただろう。
ヴォルフガング
ヴォルフガング
この顔、どう見てもイザークだろ!
ニーナ
ニーナ
…………

精巧せいこうに再現された似顔絵は、間違いなくイザークのものだ。


ニーナは絶句した。


記憶を失っていた男は、このヴァールハイト帝国の第二皇子・アレクシスだったのだ。


【第15話につづく】

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