第6話

6.記憶のヒント
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2019/10/05 09:09

ヴォルフガングの勤務する病院に到着し、イザークは精密検査を受け始めた。
ニーナ
ニーナ
(記憶がないことも、原因が分かればいいけれど)

待つこと数時間、ヴォルフガングに連れられて、イザークが戻ってきた。
ヴォルフガング
ヴォルフガング
多少の衰弱と擦り傷、打撲だぼく以外にやはり異常はなかった。
休養と栄養をとっていれば、じきに回復するだろう
ニーナ
ニーナ
本当!? よかった……
ありがとう、診てくれて

ほっと息を吐くニーナに、ヴォルフガングはまだ怪訝な表情を見せた。
ヴォルフガング
ヴォルフガング
記憶がないのは、もしかすると怪我をした時に頭を打ったか、精神的なショックか……。
お前、本当に記憶がないのか?
イザーク
イザーク
……ない
ヴォルフガング
ヴォルフガング
ふーん。
怪しいな

イザークは、わずかに肩を揺らして反応する。


彼がヴォルフガングを怖がっていると判断したニーナは、すかさずふたりの間に割って入った。
ニーナ
ニーナ
そういう意地悪なことを言わないで! 記憶がないなんて、不安に決まってるでしょう!
ヴォルフガング
ヴォルフガング
お、おお……悪い。
確認で言っただけだ、他意はない

意地悪を言うヴォルフガングをニーナがいさめると、ヴォルフガングはそれ以上、イザークを疑うようなことは言わなかった。


いくらか雑談を交わし、ニーナたちが帰ろうとした時。


ヴォルフガングがイザークを引き留めた。
ヴォルフガング
ヴォルフガング
ただひとつだけ。
ニーナは俺の許嫁だ。
もし彼女に何かしたら……覚えとけよ
イザーク
イザーク
……!
ああ、分かった

ヴォルフガングがイザークの耳元で何かを言ったようだが、ニーナには聞こえなかった。
ニーナ
ニーナ
もう、言ったそばから……!
ヴォルフ、今度は何を言ったの?
ヴォルフガング
ヴォルフガング
そう心配するな。
お大事にって言っただけだ

イザークもそうだとばかりに頷いているので、ニーナはそれ以上強く言えなかった。



***



病院からの帰り道、イザークの体調もよさそうなので、ニーナはそのまま市場で買い物をすることにした。
ニーナ
ニーナ
そういえば、さっきヴォルフに、何か変なこと言われなかった?
ちょっと心配性なところがあるから、失礼なことを言っていたら、ごめんなさい。
でも、本当に優しい人なの

ニーナがイザークを振り返ると、イザークは少しためらった後に、口を開いた。
イザーク
イザーク
そのヴォルフガングって人、君の婚約者なんだ?
ニーナ
ニーナ
ああ、そのことを言ったのね。
婚約者っていっても、そんなたいしたことじゃなくて。
亡くなった私の両親との、約束みたいなものなの
イザーク
イザーク
約束?
ニーナ
ニーナ
うん。
親同士が決めて、私たちに将来結婚しなさいって言ったの。
だから、私とヴォルフが望んで決めたわけじゃないよ
イザーク
イザーク
そう、なんだ……

ニーナが軽く返事をすると、イザークは考え込む仕草を見せた。


何か引っかかる言葉でもあったのかもしれない。


会話の中の何気ない一言が記憶を呼び戻すきっかけになるかもしれないと、ニーナは話題を探した。
ニーナ
ニーナ
あ、そうだ!
婚約といえば、この国でも今、第二皇子の花嫁を募集してるんだって
イザーク
イザーク
花嫁を、募集……?
ニーナ
ニーナ
うん。
それで、すごく国の中が賑わってるの。
まあ、私たちのような平民には、夢のような話だけどね

ニーナは、買い物がてら、イザークに次々と話題を振ってみた。


しかし、イザークはずっと上の空で、話を聞ける様子ではない。
ニーナ
ニーナ
(大丈夫かな……)

あまり情報を詰め込むのもよくないかと、ニーナは話を切り上げ、再びイザークの手を引いて帰路きろについた。


【第7話につづく】

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