第68話

10分だけの慈悲。
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2026/06/07 09:16 更新
場所は——インロルシヤ王国。

城の転移広間。


冷たい石床の上に、

実力試験で不合格となった七人の兵士たちが

並ばされていた。


広間の中央では、

巨大な転移魔法陣が淡く光を放っている。


誰も口を開かない。


重苦しい沈黙だけが漂っていた。


ベルナール副団長はそんな空気など気にも留めず、

軽い足取りで前へ出る。
ベルナール
ベルナール
はーい
手を叩く。
ベルナール
ベルナール
並んで並んで〜
ベルナール
ベルナール
一人ずつ飛ばすからね
まるで仕事の説明でもするような口調だった。


その時。

一人の兵士が震える声を上げる。
兵士
待ってください……!
ベルナール
ベルナール
あ?
兵士
俺には……妻と娘がいます
拳を握り締める。
兵士
どうか……見逃してください
広間の空気がさらに重くなる。

ベルナールは少しだけ首を傾げた。
ベルナール
ベルナール
ふーん
興味があるのか無いのか分からない返事。

兵士は必死に続ける。
兵士
お願いします……
兵士
まだ死にたくないんです
兵士
帰りたいんです……
兵士
家族のところへ……
ベルナールは数秒だけ黙る。

そして。

小さく笑った。
ベルナール
ベルナール
なるほど
ベルナール
ベルナール
良い話だねぇ………
兵士の顔に、

ほんのわずかな希望が灯る。


しかし次の瞬間。
ベルナール
ベルナール
うーん、却下
あまりにも軽く言った。
兵士
………っ
ベルナール
ベルナール
王様の命令だよ?
ベルナール
ベルナール
従わない方が面倒じゃないか
笑顔のまま続ける。
ベルナール
ベルナール
逆らったら俺まで怒られちゃうし
ベルナール
ベルナール
それは面倒だから嫌なんだよね
兵士
今やっていることは……
唇を噛み締める。
兵士
処刑と変わらないじゃないですか……
ベルナール
ベルナール
そう?
兵士
違うと言えるんですか……!
ベルナールは少し考える素振りを見せた。


そして、

妙に明るい声で言う。
ベルナール
ベルナール
あぁ、なら妻と娘さんも送ってあげるよ
広間が静まり返る。

ベルナールは笑顔のままだった。
ベルナール
ベルナール
家族一緒なら寂しくないでしょ?
ベルナール
ベルナール
優しい提案だと思うんだけどなぁ
兵士
………っ
その言葉を聞いた瞬間。


兵士の顔から血の気が引いた。


ベルナールの言葉に、

情も、

迷いも、

何一つ感じられなかったからだ。
兵士
この人は……
震える声が漏れる。
兵士
正気じゃない……
ベルナール
ベルナール
そうかな?
笑いながら肩をすくめる。


その姿は、

兵士たちの目にはどんな魔物より恐ろしく映っていた。


そして転移魔法陣の光が、

静かに強く輝き始めるのだった。
ベルナール
ベルナール
ねぇ〜
わざとらしく肩を落とす。
ベルナール
ベルナール
早くしてくれない?
ベルナール
ベルナール
仕事を増やさないでほしいんだけど
少し考える素振りを見せてから、

くすりと笑う。
ベルナール
ベルナール
まぁ、
ベルナール
ベルナール
これくらいしかやる事ないんだけどさ
兵士たちは誰も返事をしない。


できなかった。


転移陣の前に立つ足は震え、

喉は張りつき、

呼吸すら思うようにできない。


その中で、

一人の兵士が絞り出すように呟いた。
兵士
……どうして
兵士
どうして、こんな目に……
ベルナールはきょとんとした顔をする。
ベルナール
ベルナール
え?
まるで当然のことを聞かれたかのように。
ベルナール
ベルナール
弱いからでしょ?
あっさりと言った。
兵士
………っ
ベルナール
ベルナール
この世界はさ
ベルナール
ベルナール
強い者が生き残る
ベルナール
ベルナール
弱い者は従って死んでゆく
ベルナール
ベルナール
それだけだよ
笑みを浮かべたまま続ける。
ベルナール
ベルナール
力もない
ベルナール
ベルナール
結果も出せない
ベルナール
ベルナール
命令にも逆らう
ベルナール
ベルナール
そんなカスを抱えて何になるの?
その言葉に、

兵士たちの表情が強張る。


ベルナールは気にする様子もない。
ベルナール
ベルナール
雑魚なままじゃ
ベルナール
ベルナール
種族の誇りだって守れないだろ?
ベルナール
ベルナール
獣人族だとか騎士だとか
ベルナール
ベルナール
立派な名前を掲げてもさ
ベルナール
ベルナール
中身が伴ってなきゃ意味ないじゃん
兵士
それは……違う……
ベルナール
ベルナール
あはは笑、違わねぇよばーか
少しだけ目を細める。
ベルナール
ベルナール
現実を見ろって話
転移陣を指差す。
ベルナール
ベルナール
君たちには仕事がある
ベルナール
ベルナール
アルカディア連邦国へ行って
ベルナール
ベルナール
たくさん殺した方が勝ちだ
ベルナール
ベルナール
それだけ
兵士たちは黙ったまま動けない。


ベルナールはそんな様子を見て、

深いため息を吐いた。
ベルナール
ベルナール
まったく……
ベルナール
ベルナール
そんな顔してる暇があるなら
ベルナール
ベルナール
少しでも生き残れる方法を考えた方が
ベルナール
ベルナール
いいんじゃない?
冷たい声が、

広間の石壁に静かに響いた。


その言葉に返せる者は、

誰一人としていなかった。
ベルナール
ベルナール
ほらほら
手をひらひら振る。
ベルナール
ベルナール
頑張って生きて帰ってこいよ〜
まるで出張に送り出すみたいな軽い口調だった。
ベルナール
ベルナール
で?
ベルナール
ベルナール
あと何分待たせるの?
わざとらしく懐中時計を取り出す。
ベルナール
ベルナール
もう五分経ってるんだけど
ベルナール
ベルナール
時間って貴重なんだよね
兵士たちは俯いたまま動けない。

ベルナールはため息を吐いた。
ベルナール
ベルナール
はぁ………めんどくさ
その時。

何かを思い出したように指を鳴らす。
ベルナール
ベルナール
あ、そうだ
視線が一人の兵士へ向く。


先ほど、

妻と娘がいると訴えていた兵士だった。
兵士
………っ
ベルナール
ベルナール
君さ
ベルナール
ベルナール
最後でいいよ
兵士
え……?
ベルナール
ベルナール
家族呼んできな
あまりにも自然な口調。

兵士は言葉を失う。
ベルナール
ベルナール
ほら
ベルナール
ベルナール
会いたいんでしょ?
ベルナール
ベルナール
行って来なよ
にっこり笑う。

だが、その笑顔は妙に冷たかった。
ベルナール
ベルナール
十分待つ
懐中時計を閉じる。
ベルナール
ベルナール
ただし
声色が少しだけ低くなる。
ベルナール
ベルナール
十分過ぎても戻って来なかったら
ベルナール
ベルナール
俺が探しに行く
兵士の肩が震えた。

ベルナールは微笑んだまま続ける。
ベルナール
ベルナール
安心して
ベルナール
ベルナール
見つけるの得意だから
ベルナール
ベルナール
国内のどこに隠れてもね
静寂。


兵士は何も言えなかった。


逃げ道を与えられたようでいて、

実際にはどこにも逃げ場がない。


そんなことを、

誰より本人が理解していた。
ベルナール
ベルナール
じゃ
ベルナール
ベルナール
急いで
ベルナール
ベルナール
時計はもう動いてるよ
その言葉と同時に、

兵士は震える足で走り出した。


背後では、

ベルナールの笑みだけが変わらず残っていた。
※この物語はフィクションです。

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