頭の中にウォヌの言葉がチラつく。
思い出したい訳じゃないのにどうしても消えない。
逃がすまいと詰められる距離、
切れ長の目。
触れられれば自分より少し低い温もりが伝わってきて。
その全てに勝手に反応してしまう自分がいる
気付かないフリをしていたのに 全てを一瞬で崩してきた
いつの間にかブロッコリーを茹でていたお湯が沸騰して吹きこぼれていた
慌てて火を消し ため息をこぼす
ひょっこりとソファに座っていたはずのウォヌが顔を覗かせた
呆れたように笑いながら背後に立つウォヌ
いつもの流れだと抱きしめられるので、思わず距離を取る
やめて。近寄らないで。
お願いだから
その温もりを癖にしないで。
当たり前だと勘違いする前に離れてよ。
この気持ちに蓋をするのに精一杯なんだから。
これ以上かき乱さないでよ。
自分自身の身体を抱きしめるように腕を回して目を瞑る
頭の上からの声が降ってきた
ポツリと。
寂しげな小さい声に顔を上げる
キラキラと光る目は伏せられて、そのままキッチンから出ていってしまった
パタンとドアが閉まる音がした。
寝室に行ったんだろう
もしもこの先、猫に戻るなんて事があれば……
この気持ちはどこに向ければいいのか。
1度得たものが無くなるのは嫌だ
目の前には吹きこぼれた1つのブロッコリー。
それだけなのに涙が溢れてくる。
ウォヌside
「ウォヌ。」
気持ちのいい声で名前を呼ばれて。
自分よりあたたかい温もりの身体に抱きしめられる
俺は恋をした。
人間の彼女に。
おかしな話だし、この気持ちは一生伝えるはずがなかったのに。
突拍子もない自称神様という変なやつが現れて変な話を持ちかけてきた
無理なはずだ。
だけど……
この気持ちを1度でも伝えられたならどんなにいいか。
でも怪しすぎる。
なんだよ神様って。
ニコッと笑うそいつの言葉に耳がピクっと動いた
知ってんのかよ。
ならこの際 一か八かだ。
すっと指先が動いたと思った瞬間、身体がズシリと重くなる
顔にかかる毛が邪魔くさくて避けようとすれば俺の指は5本になっていた。
自慢の毛もない。
足もやたらと長い。
そいつの持っている板を向けられれば、自分だと思われる人間の顔が熱くなる映った
これであいつと同じだ。
声だってあいつに伝わる
そう嬉しく思って、帰ってきたあなたを迎えたら案の定、ビビられて。
説明すると徐々に受け入れてくれて。
やってみたかったデートもして。
やっと言いたかった言葉を伝えたのに。
「触らないで。」
その言葉が胸に刺さった。
あぁ、 俺、嫌われたのか。
好きって言ったから。
拗ねてくるまった布団からはあなたの匂いがする。
それが余計に虚しくなってしまって。
もし猫のままだったら気持ちは伝えられなくても、ずっと抱きしめてくれてたかもしれないのに、どうして人間になったりしたんだろう。
もう何も考えたくなくなった俺はそのまま目を閉じて意識を手放した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!