第5話

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2020/05/22 11:00
私が24歳の時に受け持ったクラスは、都内の高校の3年。

そこに、目を引く生徒がいた。

その生徒は所謂優等生で、学年トップの成績をしており、他の生徒からも好かれる好青年だった。

だけれど、時折疲れた顔や虚ろな目を覗かせる。

その時見せる虚ろな目は過去の私に似るところがある。

だが、彼を見る限り虐めというものは無いようだ。

なら何故彼の目に濁りが見えるのだろうか…。

私には理解が出来ず、ある時廊下で彼を呼び止め、2人きりの教室で問いただした。
「ねぇ、少弐しょうに君。」
「どうされました?先生。」
「少し気になったのだけれど、君は時折暗い顔を覗かせるけれど、何かあったの?」
すると、彼は一瞬目を逸らし、答えを詰まらせる。
「何もありませんよ。」
遅れて笑顔を取り繕ってそう答えたが、嘘である事は明白であった。
「何があったの?」と、強めの口調で再度聞き返す。

今度は答えてくれた。
「親からのプレッシャーに…耐えられないんです。…昔から僕、親から天才って言われて育ってて…小学生の時は嬉しかったんですけど…中学生、高校生と上がるうちに勉強量は増え、勉強内容も難しくなり、塾に無理矢理通わされて、学年トップにならないと怒られるし…。でも、僕は学生の間に友達と遊びたいのに許して貰えなくって…」
これが噂に聞く毒親と呼ばれるものか。

親がいない私にとっては親というものが最も不透明な存在である為、その話をされると対応に困ってしまう。

どう言えば良いのだろう、どう対応すべきなのだろう。

何もわからない私はただ、彼の話を聞いていた。
この時間はいつしか、私達2人の習慣となっていった。
毎日放課後の1時間程度の相談教室。

毎日この時間が終わる度、彼は喜びと寂しさの混じった顔をしてゆっくり重い足取りで家へ帰って行く。

私に彼の気持ちはわからないが、彼のあの姿を見ると過去の自分とどうしても被せてしまう。

未来へ歩む事を恐れていた時の私に。

「私は一生虐められっ子なのではないか」と悩んでいた時の私に。

「このままでは駄目だ」「何か、彼の悩みを解決する方法はないか」と、ずっと考えてはいるものの、中々正解とよべるものは思いつかなかった。
ある時、少弐君が気になる事を話していた。
「そう言えば…少弐先生って僕と同じ苗字ですよね。歳は6歳離れてて…。」
「そう言えばそうだね。」
すると、彼は私の顔をまじまじと見てきた。
「どうしたの?」と尋ねると、彼は「いや…」と言って1回視線を逸らし、話始める。
「実は…」

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