確かに、先程の男は俺を殺そうとしていたけれど。でも、今までの平凡な生活に命を狙われる要素があったろうか。
変わったことと言えば、車に跳ね飛ばされたことくらいで……まさか!
「うん、そのまさかだ。君を轢いた男は、とある企業の御曹司でね」
「口封じに命を狙われている、と言うことだ」
そんな馬鹿な。俺が何したって言うんだよ。あまりの理不尽に閉口していると、二人が申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまない、それがわかっていながら、危険な目に合わせて……」
「これは完全にこちらのミスだ。我々が信用出来なければ、別の人員を用意する」
二人の真剣な表情を見て、何故か安心した。この二人なら、きっと大丈夫だと思えたのだ。
そのことを素直に伝えると、二人の表情が柔らかくなった。まぁ、神谷坂さんは相変わらず無表情のままだけど。
「そうか、そう言って貰えると有難いよ」
ふわりと安心したように、金井さんは笑う。近所に一人は欲しいお兄さんって感じだ。
すると、神谷坂さんはおもむろに立ち上がり、病室を出ていってしまった。気分を悪くするようなことを言ったかと不安になるが、金井さんが慌てたように説明してくれる。
「君を今の状態で守るのは難しい。だから、君の怪我を治してくれる人を呼びに行ったんだ」
『ごめんな、わかりにくいやつで』と付け加える。既に神谷坂さんが背後にいることは教えてあげた方が良いのだろうか。
と言うか、神谷坂さんは体格も良くて決して目立たない方では無いのに、本当に影が薄い。気配を感じないと言っても良いくらいに。
「……えっと、あー、ごめん」
「気にして無い。それより、『センセイ』を連れて来たぞ」
気まずそうに頭をかく金井さんを他所に、神谷坂さんは先生を紹介してくれる。医師らしい白衣に、男性にしては長い、肩よりも伸びた黒髪。
見たことがある人だ、とすぐに気がついた。確か、テレビか雑誌かで取り上げられていた気が……
もう少しで名前が思い出せそうだったのだが、そんな暇もなく思考が無理やり遮られる。
「お前が患者か!中々の重傷だな。良いだろう、治してやる!!」
その男性のあまりの大声に、耳を塞ぎたい気持ちになった。もっとも、ろくに手も動かせないので不可能なのだが。
驚いている間にも、『センセイ』と呼ばれた男は俺に近づいてくる。
なんだろう、目が爛々としている気がする。彼の手は俺の腹部へと触れた。やはり、回復系の能力を持っている人なのだろうか。
テレビなどで見覚えがあるような人なのだ。信頼出来る───
「あいだだだだっ!!?」
思い切り腹を押された。かなり体重のかかった、重傷者には辛い一撃。突然のことに苦悶の声しか出せないでいると、男は俺を見下ろしながら嗤った。
「ただし、もう少し重傷になったらの話だが」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!