トマ、はじ
初期トマトクン
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またこんな時間になってしまった。
HAPに残っているのは自分と家主のはじめさんだけ。
ああ、この動画、明日投稿なのに。
ある場所で行き詰まってから何も進んでいない。
しょうがないから一旦違うことをしようと思って、最新の動画のコメント欄を開いてみる。
この動画、結構頑張ったんだよな、企画も楽しかった。
撮影の様子を思い出しながらつるつると画面をスクロールしていく。
「トマトクンって毒にも薬にもならないよね」
幾つかgoodがついていたそのコメントが目に留まる。
居ても居なくても変わらない、無能な人間。
そんな意味らしい。
「いらない」とか直接的な言葉よりも刺さるな、これ。
参加したばっかりで、みんなに迷惑かけまくってて、何の役にも立てていない今の自分を形容するにぴったりだな、なんて。
いやいやいや、そんな事ないって……本当に?
これ以上は見ない方がいいと分かっているのに、震える手は青字の「返信」をクリックする。
「むしろ毒でしょwww」
ざくり。
…俺ってやっぱり要らないかな。
俺なんか居なくたってみんな上手くやるだろうし、…いや、いっそ居ない方が。
こういうコメントは幾つも見てきた、それこそ飽きるほど。
深くは考えずに入力されたであろうその無邪気な悪意に、まだ触れる度に傷ついてしまうけど、いつか慣れる日が来るのかな。
編集も明日の撮影も、何もかも投げ出したいような虚しさに襲われる。
どれだけ頑張っても、意味なんか無いかもしれない。
画面から目を逸らせずに固まる体はどす黒いもので満たされていく。
胸の辺りがぎゅっと締め付けられたように苦しい。
あー、やだなあ、もう。
急に、にゅっと頭の後ろから手が伸びてきて視界を遮る。
パソコンの画面も、俺の目を覆った誰かも、何も見えなくなった。
思考も一瞬停止して、頭の中を渦巻いていたネガティブがどこかへ姿を消す。
はじ「まーたお前そんなもん一生懸命見て」
声の主ははじめさんだ。
ぼやっとした頭で理解すると同時に回転椅子をくるりと回されて、立っているはじめさんを見上げる形になる。
背の高い彼は自分を見下ろしながら持っていたうまい棒をかかじり始め、その緊張感の無い姿にこっちの気も緩んでしまう。
サクサクとうまい棒を咀嚼する音だけが部屋に響き、しばしはじめさんと見つめ合った。
綺麗な顔だなあ。
ひがみも羨ましさも無く、さっきまでの苦しさも忘れて、ただ見とれた。
急ぐことなくうまい棒を飲み込んだ彼がようやく口を開く。
はじ「気にすんなって言ってるだろ?」
トマ「すみません…」
はじ「なに…毒?薬?ともたかが?」
トマ「役立たず…みたいな意味です」
はじ「ふーん、なんも知らんくせにな」
トマ「…」
はじ「ともたかがどんだけ役に立ってるか教えたげようか?
例えば、…そうね、真面目だし、体力系の企画もできるし、ここの掃除してくれるし、ネタも面白いの持ってくるし…」
トマ「わあぁ〜もういいですっ」
はじ「何より、一生懸命なんだよね、ともたかはさ。
応援したくなるんだよ」
トマ「応、援…」
はじ「そうそう、そういうコメント結構あるでしょ」
アンチコメントの印象の強さに埋もれていたが、確かにあった。
それも、沢山。
「トマトクンて人、頑張ってていいなあ」
「叩かれてるけど私は好きだよ〜!」
「アンチなんかに負けないで頑張れ!」
…うわ、どうしよう。
嬉しい、だなんて、頑張ろう、だなんて思えてしまう。
さっきまでどうして気づけなかったんだ。
こんなに、こんなに応援してもらってたのに。
嬉しいのが顔にも出ていたのか、ふと隣を見るとはじめさんが笑いかけてくれた。
はじ「元気出た?」
トマ「はいぃ、…頑張ります」
はじ「うん、頑張れや」
トマ「あ、そうだ編集…ここ、どうやればいいですかね?」
はじ「ああそうね、そこは…」
夜が更けていく。
けど、もうさっきみたいに見失わない。
頑張ろう。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。