息を切らして聞くあなたに受け付けの人は戸惑いながらも丁寧に答えた。
私はまだ立ち止まる訳にはいかない。
会わなければならない。
会って話をしたい。
ガラララッ。
あなたは病室の戸を少し勢いよく開けた。
たくさんの管が、手紙の差出人である彼の体と繋がっていた。
あなたはゆっくり問いかけた。
彼はこくこくと頷いた。
少し苦しそうに彼は話す。
その病気は、治療法が確定されていなかった。
心臓の筋肉そのものが衰えていく病気。
最終的には血液を送り込む力が弱まり、血流が遅くなって血が止まって-死ぬ。
そんな、病気だった。
あなたは涙を零す。
彼はあなたの涙を拭う。
もう、すっかり細くなった弱々しい腕は血管が浮き出ていた。
あなたは彼の言葉で涙が止まらない。
-感情を、取り戻していた。
そっと自分の右手を握る彼の手を見る。
下を向くせいで、彼の手に涙が落ちる。
青白く細い、まるで死者のような彼のその手は僅かに温もりが感じられた。
それだけ言うと疲れたのか、彼-柊弥は眠ってしまった。
私の右手を握った左手はよく見ると青白い肌から血管が浮き出ている。
-そっと、手首を握る。
とくん、とくん、と規則正しく音がする。
彼が生きている証拠。
彼の体にまだ血液が流れている証拠。
-泣きたくなった。
止まった涙が、また目に溜まりかけた。
あなたはそう言って立ち上がった。
そのとき-
柊弥の枕から、紙らしきものが僅かにはみ出ている。
あなたは慎重にそれを取る。
見慣れた手紙。
柊弥が書いた手紙。
内容は-書き終わっている。
あなた
会いに来てくれてありがとう
明後日手術をするらしい
世界で初めて行うから、僕はひょっとしたらもう君に会えないかもしれない
覚えてないと思うけれど、僕と君は同じ小学校、中学校だった
小学校3年生のとき、まだ1年生だったあなたを見たとき、可愛い子だと思った
お転婆で、笑顔が可愛らしい子
歳上の僕達の学年とも仲良く遊んでいるのを休み時間見ていたよ
4年生頃まではまだ病気もマシだったからね
ねぇあなた
手術の日、病院に来てくれないかな
それまでに、また手紙を書いておくよ
君に、出会えてよかったと思ってるよ
柊弥
乾いた笑いが、思わず零れてくる。
何も覚えていなかった自分を。
ただひたすらに思い続けた病床の彼は。
もう、死ぬかもしれない状態で再会して。
-幸せだったと思う?
-会えなすぎた。こんな私を好きになって。
後悔しかないでしょう?
-愛してやればよかったと思う?
-そりゃあね。けれど、もう遅い。
もう愛す時間があまりにも少ないじゃない。
そっか……まだ彼は死んでいないけれど-
【あなたは自分をずっと愛し続けてくれた人を愛することを諦めるのね?】
柊弥は、綺麗な顔で眠っていた。
肌の白さが端正な顔立ちに合う。
美しい-だが、もう死ぬ命。
なんと儚いのだろう。
なんて詩的に表現しながらも、あなたは自分の脳内に潜む黒の自分に「愛することを諦めている訳では無い」と告げた。
そう言って、静かに病院を後にした。
勿論その日は勝手に病院を抜け出したことでみっちり怒られたものの、あれだけ走れるのならもう問題は無いだろうとのことで退院したので結果オーライと言ったところだろう。
-今はただ明後日のことしか頭に無かった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。