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2019/02/14

第1話

きみがすきです
 
 彼の姿は、すぐに走り込んできた電車に隠された。突然の告白の続きを知りたくても、開けた視界の先には、もうその姿は無くて。
 冬の夕方の踏切前に、宇和島絢音(うわじまあやね)は一人、取り残された。



 絢音が同級生の男子、藤枝圭人(ふじえだよしと)と学校の帰り道に会ったのは、本当に、ただの偶然だったのだろう。信号待ちをしている間に彼に声をかけられ、数分帰路を共にし…踏切で別れた途端に告白されるなんて、全く唐突過ぎて思ってもみなかった。
 ちょうど、お互いの家への別れ道、踏切を渡りきった絢音を圭人は大きな声で「宇和島さん!」と言って呼び止めた。降りる遮断機と共に警報音が鳴り始め、そんな中、絢音を指差す圭人の口が動いた。
 
 きみがすきです
 
 本当に、突然だった。その直前まで話していたのは目前に迫る高校入試のことばかりだったから。絢音にとって十五年の人生の中で、初めて受けた愛の告白だった。
 その後の帰り道は、なにやら夢見心地で頭がぼぅっとしてしまった。クラクションの音で自分が赤信号の横断歩道を歩いていたことに気づき、これでは危険過ぎると、それからは家に帰るまで最低限気を引き締めたつもりだが、それでも圭人のことは頭から離れなかった。
 絢音と圭人は、ただ同じクラスだというだけの間柄だ。それに少し補足するなら、一年前、二人が二年生の時に委員会が同じだったという時期もあったが、そうだとしても、それだけしか繋がりが無く、同じ部活であったり、共通の友人がいたり、小学校が同じだったリ、家が近所だったり…そういった、絢音がその他の男子より近しく感じるような要素が、圭人にはなかった。
 クラス内で連絡があれば普通に話もするが、絢音は圭人から意味ありげな態度や視線を感じたことはなく、ましてや、彼が絢音に好意をもっているという噂を聞いたこともない。だから、彼から好きだと言われたことは、絢音にとって本当に突然だった。
 何とか無事、家に着いた後も、絢音の頭から圭人の言葉は離れてくれなかった。仕事から帰って来た母親がしきりに何か絢音に言ってきたが、絢音の方は上の空で、仕舞いには母親の方も娘を放っておいてくれた。
 いつから、圭人は絢音に恋をしていたのだろう?全くそれらしき素振りに気が付かなかったのだから、知りようもない。それよりも、圭人はどういうつもりで絢音に告白したのか…絢音にどうして欲しいのかが気になった。
 「君が好きです」。この言葉には、「付き合ってください」という続きがあったのだろうか?だとしても、今は大事な入試前の時期で、彼氏を作ろうという心の余裕はない。しかも、受験が無事終わったとしても、圭人と絢音の志望校はかぶっていないので、春が来れば二人はバラバラの高校に通うことになる。
 とすると、「君が好きです」の言葉の続きは何も無かったのだろうか。そうかもしれない。現に、彼はその一言を言った後、列車が通り過ぎるのを待たず、その場から去って行ってしまった。その直前まで話していた中には、お互いの志望校についての話も混じっていたので、想い人が春からは別の高校と知って、今日、今のタイミングで秘めていた気持ちを伝えてしまおうと思ったのかもしれない。
 絢音は、後者の可能性が高い気がした。何故なら、絢音は圭人に特別な好意を持っていないし、「いいな」と思っている男子が同じクラスの中に別にいた。もし、圭人が絢音を密かに恋する目で見ていたとして、それらのことは余程鈍感か、自信過剰でなければ気付いていた筈である。
 圭人が想いを伝えただけで満足していたとしたら―――…、絢音はこれから彼に対し、何もする必要はない。絢音は恋愛対象として意識したことがない圭人と付き合うつもりはないが、返事を求められてもいないのに「藤枝くんとは付き合えない」と断るのも余計な行為だ。
 さりとて、自分は明日から学校で、どんな顔をして圭人に会えばいいだろう。その晩はろくに食事も手につかず、受験勉強も頭に入らないまま、眠りに…眠りにもつけなかった絢音であった。



 その後、絢音は数日間、まともに教室内の圭人を見ることが出来なかった。といっても、もともとが接点の薄い二人である。絢音の様子を訝しむ生徒もおらず、そのうちに、いよいよ入試が目前となり絢音は緊迫した状況の中、段々と圭人を特別に意識しないようになっていった。
 試験が終わり、無事、高校に合格を果たした後は、また、告白されたことを思い出し、視界の端に圭人の姿が映るたび、絢音はどぎまぎしたりもしたが、圭人の方からは何の行動もなかった。
 最後の最後、卒業式の日に、また彼から特別な言葉でもあるのではと思った絢音は、友人達から離れ、一人で校内を少しの間うろついてもみたが(圭人の前をわざとらしく横切りまでした)、圭人は絢音に対し視線の一つも送ることはなく、そのまま中学生活は終わった。
 そして二人は、その後、連絡を取り合うことも無かった。



「それ、俺のなんだけど…」
 同窓会での集まりで、機嫌よく酔っていた絢音の耳に非難めいた声が届いた。絢音が友人が座っているのとは反対側に振り向いてみれば、そこには彼女と同じ年頃の男性がいた。…今晩、この居酒屋の酒席には同じ年の者しかいないのだから、当然のことだった。
「あっ、ごめん…」
「いいよ、注文し直すから」
 店員に呼びかける男性の横顔を、絢音はこの男性はどの男子だったかしらと観察した。酔いのせいで、絢音の視線は普段よりあからさまで不躾になっていたのだろう。隣の男性は表情に苦々しい様子を少し混ぜ、絢音を見て言った。
「俺、藤枝です」
「あっ」
 それは、あの出来事がなければ、名前すら忘れていただろう人だった。二十年前の、あの冬の告白さえなければ。
「私、宇和島。宇和島絢音」
 聞いて圭人は、曖昧な感じで笑った。それは、思い出せていない人の表情だった。
「えーと、二年の時は委員会が一緒で、それから、『あやねん』って呼ばれてて、それから…修学旅行の時、一人だけバスに乗り遅れて…」
「ああ!宇和島さん!」
 目を見開き、指差した。これは、今、思い出した様子だ。絢音は拍子抜けした…というより、がっかりした。中学時代に恋した相手というのは、男性にとっては名前も忘れてしまう存在なのだろうか。想いを告げられた女性ばかりが相手を憶えているなんて。絢音は恨み言の一つも言いたくなった。
「藤枝君の気持ちって、そんなもんだったの?」
「へ?」
「私なんて、生まれて初めて告白されたものだから、ずっと憶えてるっていうのに」
 圭人の顔に、また、先程と同じ曖昧な表情が浮かんだ。そして、瞬きを、いち、にい、さん…これもまた、分っていない表情。絢音はここまで言っているというのに、まだ圭人が思い出さないことに対し、恨みを超えて驚いてしまった。
「えっ?本当に思い出せないの!?私に告白したこと!」
「はっ?告白!?俺が?宇和島さんに!?」
 圭人は絢音以上に驚いた様子だった。
「えっ?してないしてない!告白って、好きだとかそういう意味の告白?してないしてない」
 全力で首を横に振っての完全否定だった。甘酸っぱすぎる思い出に照れている…という可能性は、ほぼゼロらしかった。
「…憶えてないの?」
「憶えてるとか憶えてない以前に、そんなことするとか、ありえないというか…それ、俺だった?違うヤツじゃない?」
 絢音はアルコールの入った頭を巡らした。あの日、夕日に照らされ少しオレンジ色に光るグレーのマフラーに乗ったその顔、それは…やはり、中学時代の藤枝圭人君だ。
「いや、藤枝君だった」
「えっ、マジで?でも俺…」
 圭人の言葉の続きはおそらく、「宇和島さんのこと、好きじゃなかった」。わかってはいても、絢音はどうも納得できない。だって、あの時の圭人は…。
「すっごい、真剣そうだったのに…」
「いや、冗談でも、そんな告白なんてしないよ…その告白って、いつ?どこで?」
 青春の思い出の一ページに醜い皺を入れられた様な気がしてきた絢音は、不機嫌を隠さずに言った。
「中三の時の、二月」
「二月…」
「放課後、帰りがたまたま一緒になって、その別れ際」
「えぇっ?」
「踏切のところで」
「俺、なんて言った?」
「『君が好きです』」
「えぇえぇぇっ!?」
 圭人は自分の口を押え、首を傾げて固まった。…あの告白の後、絢音は彼女なりに圭人を意識したものだった。幸い、彼に気があった訳ではなかったから、告白されたところで受験勉強に響くこともなかったが、もしそうではなかったして、気持ちが上ずり勉強が進まず不合格になっていたとしたら…。
 いつか忘れてしまうような軽い気持ちで、大事な時期の乙女心を弄ぶようなことをして、なんという男なのだろう。絢音が思い出の一ページを引きちぎり、「もういいや、こんなヤツ」とばかりに圭人の横の席から立ち上がろうとした、その時だった。
「ああ――っ!!」
 周りの同窓生の視線を一斉に集めるような大きな声を、圭人は上げた。自分が場違いな様子を見せてしまったことをすぐに自覚した彼は、「ごめん。なんでもないです」と周囲に軽く頭を下げ、自分から注目が外れた頃合いで、腰を上げかけた絢音を見上げて言った。
「宇和島さん、わかった」
「…思い出したの?」
 まだ機嫌が直ったという訳ではないが、絢音は席に座り直した。
「思い出した…というか、わかった。あの、俺が『君が好きです』って言うの、本当にちゃんと聞いた?」
「だから、聞いたって!まだ言うの?」
 また席から立ち上がろうとする絢音を、圭人は引き留めた。
「違う違う!宇和島さんが人違いとか記憶違いしてるとかじゃなくて…そうだ、俺の口、ちょっと見てて」
 絢音は眉間に皺を寄せながら、圭人に言われた通り彼の口を見た。すると…。
「今、俺がなんて言ったか、わかる?」
「……何も言ってなかった」
「そうじゃなくて…そうだけど、ほら、唇読んでみて」
 圭人はもう一度、さっきと同じ様に口を動かした。
「…?わかんないんですけど」
「じゃあ、言うよ。き・み・が・す・き・で・す」
 …何を、今更。絢音は目の前の男を拳で殴ってやる準備をした。
「じゃ、これ。し・み・が・つ・い・て・る」
「…」
「きみがすきです。しみがついてる。口の動き、ほぼ同じじゃない?」
 居酒屋内で同窓生たちが発する喧騒が、絢音の耳から遠のいていった。
「たしか、踏切で別れた直後、鳥のフンだろうけど宇和島さんのコートにシミが出来てんのに気付いて、で、言ったんだと思う。『シミがついてる』って。踏切の警報音で音はかき消されたんだろうけど」
 あの日、帰宅した後、母親が何かガミガミ言っていた。てっきり、上の空の娘の態度に文句を言っているだけだと思っていたが、その時、母は絢音の通学用のコートを手に持ってはいなかっただろうか。
 絢音の固まった表情に、自分の主張が正しく理解されたことを圭人は気付いた様だった。
「まさか、告白と勘違いされてたとは…。いや、俺、宇和島さんにそんな気全然なかったし、勘違いされようがなかったとは思うんだけど」
 彼の言う通り、圭人はあの告白(ではなかったが)以外、微塵も絢音を意識した風を見せたことはなかった。だというのに、こんな突拍子もない勘違いをするなんて。
 思えば、中学生時代の絢音は、恋に恋し、少女向けの恋愛漫画や恋愛小説にどっぷり嵌まっていた。受験勉強の向けて長いことそれらを読むのを控えていた時期だったが、まだ自分の中にお花畑の脳みそが残っていたのか、それとも、そういった恋愛ネタに飢え過ぎていて幻聴が聞こえたのか。
「あああああ~~……」
 絢音は頭を両手で抱え、呻いた。
「…納得、した?」
 圭人が新しく渡されたビールにひと口付けた後、少し呆れが入った笑顔で言った。
「した。ああー…、なんか、ごめん。藤枝君」
「別に謝られるほどのことでもないけど、どういたしまして」
「ホント、私、バカ」
「いや、恋愛って勘違いってことばっかだし、それに、二十年も前の子供の頃の話だし」
 圭人は飲んで忘れろとばかりに、元々彼の、少し前に絢音が横取りしたジョッキを絢音に手渡した。二十年も前の話…圭人はそう言うが、あれは、三十も半ばになる絢音にとって唯一、男性側から告白された思い出で…。
 だが、そんなことを隣にいる同窓生に言ったところで、どうしようもない。絢音は気の抜けたビールを勢いよく、一息に飲み干した。