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第5話

クーリングオフ
× × × 

最初は全然そんなこと無かったんです。

ちなみに尋ねますが、私のことを見たことがありますか?え?ない?それは残念です。もっと知名度が上がるキャラ作りでもするべきでしょうか。

それは置いておいて。

私はテレビや誌面をメインに仕事をしています。いわゆる、芸能人ってやつです。

最初はローカル番組にゲストとして呼ばれたり、ちょこちょこモデルの仕事をしていました。ファンは少なく、細々と活動していたのですが、たまたま出たドラマの脇役で注目を浴びて、今に至るわけです。

ありがたいことにお仕事は次から次へとやってきます。人との繋がりが仕事に直結してくるので、色んな会合やら、打ち上げやらは翌日の早朝から撮影があったとしても参加しました。

それが凶と出てしまいました。

週刊誌に撮られてしまって。

みんなと飲み会に参加したはずなのに、私がプロデューサーと2人で密会したような撮られ方をしてしまいました。よりによってホテルですよ。

そこから私の評価は下がり、共演者には露骨に嫌な顔をされます。 あらぬ噂を立てられ、SNSで叩かれる始末。

どうしてでしょう。私の頑張りの何がいけなかったのでしょうか。

泣いてもあの時のことは消えません。

最近は仕事に支障が出てきて。カメラの前にたつのが怖いんです。「私はこの機械に人生を壊されるかもしれない」パパラッチのカメラと重ねてしまうんですよ。

そしたらもう、震えと涙が止まらなくて、撮影は中止になりました。私の代わりに新人の清楚系の可愛らしい子が入りました。

私の代わりなんていくらでもいたんです。

× × ×

「カメラの前に立てなければ仕事になりません。もう、どうしたらいいか·····自分でもわからないんです。仕事自体は好きなのに。」

話しているうちにだんだんと惨めに思えてくる。目元をハンカチで抑えると、アイシャドウのラメを付けてしまった。

「そうですね。もしもその出来事を忘れることが出来たら、あなたはかつてのように仕事が出来ますか?」

「そりゃあ、そうですよ。今までは普通にこなしてきたわけですし。·····まずいですよね。事実上解雇されてしまったら、行くあてが無くなる。」

力なく笑うと、「解雇」という言葉の重みをじわじわと感じられた。そうか、このままじゃあせっかく掴んだ夢も、居場所も失ってしまうんだ。

「·····私はあなたの苦しみを消すことが出来ますよ。」

「何ばかげたこと言っているんですか?私は真剣に悩んでいるんです。」

「だからこそ提案しているのです。真面目な悩みには真面目に相談に乗るのが人としてのモラルじゃないですか。」

この人の言葉は妙に落ち着いて、胸の奥にすとんと落ちてきた。

「じゃあ、もう一度聞きますね。あなたは消したいんですか?消したくないんですか?」

「消したいです。プロデューサーと撮られたことを忘れたい。」

撮られなければ何も変わらないかった。こんなに辛い思いもしなかった。誰も救いの手なんか差し伸べてくれない冷酷な側面を、知らなくて済んだというのに。

「最初はから出ていた答えじゃないですか。分かりました。今晩、実行致します。」

「え?本当に消せるんですか。」

目を見開き、すっとんきょんな声を出す。店主は嫌悪感を隠さず、大きなため息をつく。

「だからそう言ってるじゃないですか。もう全部言いますね?あなたの記憶を無償で消します。明日の朝には綺麗さっぱり忘れています。ですが、忘れた記憶は二度と戻せません。それでもいいですか?」
「あ、はい。よろしくお願いします。」

私は深深と頭を下げた。

「じゃあ、今日はもうこれで店を出て大丈夫なんですね?」

「はい?」

「え?」

店主が眉毛を八の字に曲げる。何言ってるんだこいつとでも言いたげな顔。

「お代、きちんと払ってくださいね。」

「え、でも今、いらないって·····」

どうしよう。実は詐欺だったりして。今すぐならクーリングオフは有効なのだろうか。打開策が頭をぐるぐると回る。

「ハーブティーのですよ。」

「あ、あぁ。はい、わかりました·····」

勝手に押し付けた癖にお金もとるんだ。
若干強引な商売に思わず眉間にシワがよった。けれども、記憶を無料で消してくれるんだから良心的な方か。

「おいくらですか?」

私が尋ねると、

「572円ですっ。」

今日1番の笑顔で伝票を渡された。