諦めるという行動は大変簡単なものだ。故に多く利用する。
特に誰にだって逆らえないような、最底辺の状態では命を守る行為に繋がる。
それは弱い自分の肯定だ、逃げだという話も聞くけれど、仮に死の危機が目に見える形となって現れたら、果たして逃げない人間とそうでないもののどちらが多いのだろうか。
情報室には、珍しくローゲンハーツが訪れていた。トウヤはこの男が嫌いだ。理由は単純、人間ではないからだ。
もちろんのこと、今までに人間ではない根拠は見つけてなんていない。
しかし発言や行動の中に見える本質的なものは、人間とは逸脱しているかのように見えているのだ。
「一体何の用だよ、お前このあと訓練だろ?早く帰れ」
トウヤはローゲンハーツにめんどくさそうにそう話す。
「うん、すぐに帰るけれど、一つだけお願いしに来たんだ」
「何だよ?訓練施設の拡張の話は却下だからな、あとは隊長を元気にする方法も時間にしとけ」
「そんなつまらない話じゃないよ、単に収容室の上の隔壁部分を開けられるようにして欲しいんだ」
「理由は何だよ、ミサキの奴に説明するのは俺なんだぜ?お前が話してくれるなら何でもいいけど」
ローゲンハーツはにこにこと気持ち悪いと言われそうな笑みを浮かべ
「僕の予想だけど、彼はアマノ幕僚長に直接話をする。その時にすぐ出られるようにね」
トウヤはへぇーと呟き、ローゲンハーツの光のない眼へと視線を合わせて
「目的は?あいつをたぶらかして、お前の目的は何だ?」
さっきまでとは変わって真面目に尋ねてみる。だが非人間のローゲンハーツは何も態度を変えず
「何だと思う?天才の君になら分かるんじゃないかな?」
まるでトウヤを嘲笑するかのように見つめ返した。
「人間の思惑や感情はデータのような一定さを見出さない。加えて人間以外の知的生命体の頭の中なんか、俺の寿命全部使っても到達出来まい。それに、それを理解する時には、俺もお前のお仲間ってところだろうよ」
「流石天才、よく理解していらっしゃる。それじゃあ、隔壁の件よろしくねー」
ローゲンハーツは一瞬だが、いらだったかのようにトウヤには見えた。
まあ、後で問い詰めてみたところで、その時にはいつもの未知数の存在へと戻っているのだろうが。
ユウジは収容室の天井部分にあたる隔壁を軽く押して開けてみる。
朝の眩しい、熱烈な光が目を閉じても差し込んでくる。
どうやらまだアマノ幕僚長は帰っていないらしい。
あの人物がユウジと話などするのかは分からない、しかしここで行動を起こさなければ自分の意思など簡単に捻じ曲げられる。
本来ならばマクロブ対策機構の何よりも強い筈なのに、権力へは逆らえない。
いや、権力に縛られ続けているからこそ、ユウジは人間のままでいられるのだ。
ユウジは立ち上がると、屋外訓練に使われるグラウンドの方へと足を下ろす。
確か、非公式に重要人物が訪れるときには、裏と呼ばれているグラウンド側の出口を利用していた筈だ。
アマノ幕僚長を嫌々ながらも見送ろうとグラウンドを歩いていたミズキは、ユウジの存在に気付き、振り返る。
「ユウジ君、何のつもりかい?意見があれば僕の方から伝えると話しただろう。君の存在は国家機密に近い。それは分かっているだろう」
「はい、知っています。それでも、どうしてもお話ししたいことがあって」
なので無礼を承知で参りました。なんて定型文を語ると、殆ど護身用でしかない小銃をミズキはユウジへと向ける。
本来は大事な仲間にこのような真似はしたくないが、ここでユウジを庇ってみせれば、カゲツ・アマノの反感を買うのは間違いない。
その行動の意味くらいは、ユウジだって理解できるだろう。
アマノ幕僚長はミズキの前へと歩き、ユウジの前へ立って五階建ての建築物くらいの高さはあるユウジの目を見ていた。
「話してみろ、聞いてやる」
「ありがとうございます」
ユウジは深く呼吸をして精神の安定を図る。
何を話すべきなのかは分からない、この発言で事態が動く可能性は限りなく低い。
であれば、この行動の全ては無駄なことであると言えてしまう。
それでも、ここで意見を表明しなければ、今後下されるどんな結論にだって、討伐処分にだって、賛成している事になってしまう。
納得できないと言うつもりはないが、最初から死ぬつもりだったとも思われたくない。
「俺はあなたの下した処分に逆らうことは出来ません。それに、無駄な抵抗をするのも得策ではないことも理解しています」
カゲツはそれで?と話を続けるように促す。
ユウジ・シノノメは頭の切れる人間であった事は帯電銃の発明によるマクロブの数秒間の拘束において証明されていたが、人間とは到底いえない今でさえ、理性的に話してみせるというのは少し予想外であった。
精神論なんか語られていたら、話を続けるようには言わなかっただろう。
「でも俺は死にたくはないです。人間として当たり前に生存権を保障されて来たんですから、今更剥奪されるなんて言われても、脳が理解する以上の事はできません。それに俺は人間に戻りたいし、まだやりたい事だってある。それを、ただの身体の変化ひとつで消し去られてしまうのなら、それは耐え難い」
要約すれば人間なので死にたくありませんという事だが、何故だか不必要なほどに大量の情報と共にユウジはそれをカゲツへと渡した。
マクロブ嫌いで名高い、ジョーウンのアツキ・アマノ隊長よりも話の通じる人間だと思ったからだろうか?
いや、現段階においてユウジの体を駆け巡る生きていたい、受け入れなければならない理不尽な死があるなんて認めたくないという熱烈な血はそんな短い言葉で表現できるものではないからだ。
アマノ幕僚長にもそれが伝わったのかはわからないが、彼はただただ頷いていた。そして言うには
「綺麗事の羅列でもしてくるのかと思ったが、無駄な話を聞く羽目にはならなかったな。一応は検討してやる」
そう言ってユウジへと背を向けて、そっけない態度でミズキに帰ると話す。
ミズキは銃を下ろすと、慌ててアマノ幕僚長へとついて行った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。